いよいよ秋も深まってきたある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。留年中の鮫洲は9月上旬からスティーリー・ダンばかり聴いていますが、はてさて……。

【今月のレポート盤】

CHINA CRISIS Flaunt The Imperfection Virgin/Caroline(1985)

鮫洲 哲「やっぱり何度聴いてもウォルター・ベッカーのセンスには酔いしれるわ~」

キャス・アンジン「彼が亡くなってからもう2か月近く経つのよ。いい加減、他の音楽も聴いたら?」

鮫洲「俺はまだ喪に服していたいんだよ! それに昔、まりあの姐御とスティーリー・ダンについて熱く語ったことも思い出し(2013年9月号にて)、ダブルで泣けてくるぜ……ううう」

天空海音「ちょいと失礼するでござる」

鮫洲「おい、1年坊主! 勝手にCDを変えるなよ!」

アンジン「あら、チャイナ・クライシスの3作目『Flaunt The Imperfection』じゃない。海音なりの追悼ってわけね」

鮫洲「ん、どういうこと?」

アンジン「このアルバムはウォルター・ベッカーがプロデュースしているのよ」

鮫洲「なぬ? チャイナ・クライシスって、ちょっと地味な80sのUKニューウェイヴくらいの認識しかねえけど」

天空「ゲイリー・ダリーとエディ・ランドンのデュオ編成から発展したリヴァプール近郊のグループで、82年のデビュー当初はシンプル・マインズやABCの次を担う存在として期待されていたでござる」

アンジン「要するにエレポップなんだけど、大ブレイクを阻んだ要因は他のバンドのようなハッタリめいたケレン味が希薄だった点かもしれないわね」

天空「ルックス的にも化粧っ気のない普通の兄さんでござるよ」

アンジン「それでも2作目『Working With Fire And Steel』に収録されている“Wishful Thinking”は全英チャート9位とそれなりにヒットしたし、中堅バンドとしてのポジションはキープしていたわけよね」

鮫洲「そいつらがなぜベッカーをプロデューサーに迎えるんだ?」

天空「シンセ中心の音作りだったとはいえ、メンバーがスティーリー・ダンを激しく尊敬していたからなのでござる」

鮫洲「つまり憧れの大先輩ってわけか。俺にとってまりあの姐御みたいなもんだな」

アンジン「その姐御の話は後でゆっくり聞かないとね」

鮫洲「え~っと……コーヒーでも入れましょうか?」

天空「今回のリイシュー盤に追加されたDisc-2ではデモやアウトテイク、BBCでのライヴ・セッションなどレア音源がたっぷり聴け、それももちろん嬉しいのでござるが、最新リマスターが施されたDisc-1を耳にすると、改めてベッカーの洒脱な音作りに舌を巻くでござるよ」

鮫洲「奥行きを感じさせる緻密なプロダクションはまさにベッカー印だよな! それでいてニューウェイヴっぽい青臭さも残っているのがおもしろいぜ!」

アンジン「2作目までのシンセ音が控えめになっているとはいえ、〈AOR〉と呼べるほどにも振り切れていない中庸さがかえって魅力的だわ。不思議なアルバムよね」

天空「バンドとプロデューサーの個性が良い化学反応を起こした好例でござる。ちなみに89年の5作目『Diary Of A Hollow Horse』もベッカーのプロデュースでござるよ」

アンジン「『Flaunt The Imperfection』は、ウォルター・ベッカーが完全なる裏方で関わった最初期の作品よね。この後にリッキー・リー・ジョーンズやマイケル・フランクスも手掛けていくことを考えると、プロデューサーとしての彼のキャリアにとってチャイナ・クライシス仕事は重要な位置にあると言っていいわ」

鮫洲「よし決めた! これからは毎日チャイナ・クライシスを聴いてベッカーを追悼するぜ!」

アンジン「自分が留年生だってことを忘れてないわよね?」

 強面の鮫洲も、すっかりキャスの尻に敷かれているようで。そんなカップルの間でマイペースを貫く天空はやはり相当なツワモノですね。 【つづく】

 

このたびリイシューされたチャイナ・クライシスのアルバム。