夏休みも終わりに近いある日の夕暮れ時。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。

【今月のレポート盤】

LESLEY DUNCAN Everything Changes Philips/Big Pink/CELESTE(1974)

 

野比甚八「ういっす! 誰かと思えばキャス先輩じゃねえですか」

キャス・アンジン「あら、2人揃って夏期講習?」

天空海音「同じゼミなのでござるよ」

アンジン「お疲れ様。アイスティーでも飲む?」

野比「いやいや、お茶なら天空が!」

天空「野比が入れろ……でござる」

野比「まったく気が利かねえ女だぜ。ところでいま流れているのは、レスリー・ダンカンの声じゃねえですか?」

アンジン「ええ、74年の3作目『Everything Changes』よ」

天空「2016年に韓国のビッグ・ピンクから初CD化されるも入手困難……でしたが、ついに日本盤化されたでござるか?」

アンジン「そうよ。これでようやく彼女の全作品がCDで聴けるわね」

野比「レスリーと言えば、〈英国版キャロル・キング〉とも謳われ、UKにおける女性シンガー・ソングライターの草分け的な存在ですぜえ」

天空「そのわりには世間的な認知度がいまいち低い、少し残念なレディーでござる」

アンジン「目立ったヒット曲がないものね。でも、エルトン・ジョン“Love Song”のオリジナルを歌っていることは有名よ」

野比「てやんでえ、後にデヴィッド・ボウイやオリヴィア・ニュートン・ジョンもカヴァーした名曲ですぜえ。そういやエルトンは彼女をコーラスに起用したりもして、だいぶお気に入りだったとか」

アンジン「当時のリスナーのほとんどがエルトンを経由してレスリーを知ったんじゃないかしら」

天空「レスリー本人のアルバムでは、今年の春にまたまた日本盤化された初期の2作がわりと人気でござるね。どちらも牧歌的かつ英国らしい翳りのあるフォーク・ロックといった好盤でござる」

野比「近頃じゃ4作目の『Moon Bathing』と5作目の『Maybe It's Lost』も、フリー・ソウル~AOR的な文脈で再評価されているみてえだな」

アンジン「本作はその中間的なポジションゆえに評価が定まらず、結果としてリイシューが遅れたんだと思うわ」

野比「あっしもいま初めて聴きやした。淡々として派手さはねえけど、憂いを帯びたアルト・ヴォイスと滋味に富んだ演奏の相性が抜群で、聴けば聴くほど心に沁みそうじゃねえですか!」

アンジン「夫でもあったプロデューサー兼キーボーディストのジミー・ホロヴィッツをはじめ、バック・ミュージシャンたちは前作『Earth Mother』とそう変わらないものの、サウンドには仄かなソウル/ファンク色が加味されているわよね」

天空「それも次作ほど躍動的ではない代わりに、持ち前のフォーキーな素朴さと調和した、たおやかなメロウネスに昇華されているのがミソでござるな」

アンジン「音的には黒っぽいのに、それでも英国ならではの美しく湿り気を帯びたメロディーが際立っていておもしろいわね。アメリカ人アーティストじゃなかなかこうはならないもの」

天空「でも、この洗練された叙情性は、どことなく荒井由実や初期の吉田美奈子あたりに通じているような気もするでござる」

野比「何にせよ、過渡期だからこその独特な魅力に溢れた逸品ってわけか」

天空「野比の分際で勝手に話をまとめないでほしいでござる」

アンジン「アナタたち、良いコンビね。付き合ってみたら?」

野比「滅相もねえ! こんな奴はまっぴら御免でさあ!」

アンジン「あらあら、顔が真っ赤よ」

 レスリー・ダンカンの憂いを孕んだ歌声が、素直になれない野比の心を優しく包んでくれているようで……。これもまた青春の断章に違いありません。 【つづく】

今年4月にリイシューされたレスリー・ダンカンのアルバム。