肌寒さの残るある春の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、新入生勧誘の準備で部員たちが忙しそうですね。

【今月のレポート盤】

HUNGER Strictly From Hunger Psycho/Now-Again/BBQ(1969)

 

天空海音「チラシのイラストはこれで良いでござるか?」

三崎ハナ「海音ちゃんって絵の才能もあるんだね~! グーだよ、グー!」

鮫洲 哲「うっす! 何だよ、まるでJKみてえにキャピキャピしてやがるなあ」

三崎「あ、テツ先輩! まさか2度目の留年ですか?」

鮫洲「ちゃんと卒業したっつうの! 忘れ物を取り来たんだよ。そういうハナこそ、まさかの会長就任らしいな!」

三崎「てへへ、成り行きで」

鮫洲「それじゃ、新会長、これでも聴いてしっかり勉強しろよ!」

天空「おろ、ハンガーが69年にリリースした唯一のアルバム『Strictly From Hunger』でござるな」

三崎「ハンガー? ハナは全然知らないな~」

鮫洲「おいおい、LAサイケを代表する重要バンドの名盤じゃねえか! 20年近く廃盤状態だったけど、各メディアの60sサイケ特集なんかじゃ必ず紹介されている一枚だぜ」

天空「確かにその筋では有名なアルバムでござるが、サイケ村から一歩出たら知名度は皆無に等しいので、ハナ先輩が知らなくても問題ないでござるよ」

鮫洲「いや、そんなことはねえ! ロッ研の会長ならマストだろ!」

三崎「と、とりあえずお茶でも飲みながらみんなで聴いてみましょうか」

鮫洲「おうよ! 今回のリイシューはオリジナル版に加え、よりファズが強めで荒々しい仕上がりの激レアなテスト・プレス版と、シングルや別エディットをまとめたボーナス・ディスク付きの3枚組仕様なんだぜ!」

天空「彼らはもともとポートランド出身の6人組で、本作には後にレイナード・スキナードへ加入する敏腕ギタリスト、エド・キングが参加しているのもミソでござる。ちなみにドラマーのビル・ダファーンは、何を隠そうキャプテン・ビヨンドの2代目シンガー、ウィリー・ダファーンと同一人物でござるよ」

三崎「ニッチな情報ありがとう。それにしても、妖しく鳴り響くオルガンが思いきり前面に出ていますね~。ドアーズみたい!」

鮫洲「お、意外とわかってるじゃねえか。ドアーズはLAの先輩バンドだからな。でもよ、ウネるようなオルガンのフレーズだけじゃなく、ファズ・ギターのリフも奇抜だし、ヴォーカルの語尾がエコー処理されているのも特徴的で、このグループならではの魅力を感じるぜ」

三崎「ヘヴィーな部分もあるけど、全体的にはポップで聴きやすいです!」

天空「どことなく陰りのあるサウンドと哀愁漂うメロディーには、同時期の日本で花開いていたグループサウンズにも通じる叙情性があるでござる」

三崎「確かにこの湿った感じは日本のバンドみたいだね!」

鮫洲「あとよ、当時のサイケってドラッギーな即興演奏を垂れ流したような長尺ナンバーが多いなか、ハンガーの曲はどれもコンパクトにまとまっているのが潔いだろ?」

三崎「それってフレーミング・リップスやポンド、ワンドとかの現代のサイケ・ポップに近いですよね。よく見るとルックスもテンプルズみたいでオシャレ!」

天空「ただし、最近のバンドはエフェクトなどのギミックに頼ってプロダクションを優先する傾向が強いのに対して、ハンガーはもっと直球なメロディー重視でござるよ」

三崎「なるほど~。そのあたりも日本人好みな感じだよね。いまデビューしたらGLIM SPANKYのライヴァルみたいな位置付けになるんじゃないかな~」

鮫洲「ほらみろ、ハナもすっかり気に入りやがったな。会長ならハンガーくらい聴いてなきゃダメだって言っただろ」

三崎「はい! ハナは目が覚めた思いです!」

鮫洲「そもそもロッ研の会長ってもんは……」

天空「あれ、鮫洲先輩は会長じゃなかったでござるよね?」

三崎「はっ! そういえば!!」

 遠い目をしたまま動かなくなってしまった鮫洲ですが、同連載の出席回数がもっとも多いのはこの男なのであります。それって会長を務めるのと同じくらい誇るべきことですよ。5年間お疲れ様でした。 【つづく】