いくらか寒さも和らいできたある日の夕刻。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら追い出しコンパのために部員たちが集まりはじめたようですよ。

【今月のレポート盤】

ROXY MUSIC Roxy Music: Deluxe Edition Island/ユニバーサル(1972)

 

逸見朝彦「自由気ままな大学生活が終わりを告げようとしているのに、どうして君は浮かれ顔なの?」

雑色理佳「大好きなロキシー・ミュージックのデビュー作『Roxy Music』がリリース45周年を記念し、2枚組のデラックス・エデションで新装されたからに決まってるだろ!」

逸見「え~! それって卒業よりも大事なこと?」

戸部小伝太「大事でしょうが! 名エンジニアのボブ・ラドウィックによる最新マスタリングもさることながら、初の公式音源化となるBBCセッションやライヴ・テイクが14曲も追加されているのですから」

雑色「まあ、どうせイツミにロキシーの魅力なんてわかりっこないか、にゃはは」

逸見「そんなことないよ! 最終作『Avalon』しか持ってないけど、ハイブロウなアダルト・ロックの名品だと思うよ」

雑色「『Avalon』だけでロキシーを語る奴とは友達になれないな」

戸部「同感。我輩も初期派ですな。ブライアン・フェリー、ブライアン・イーノ、フィル・マンザネラもデビュー当時は単なる無名の若者に過ぎず、素人に毛が生えた程度の演奏技術なんですがね」

雑色「フェリーもイーノもアート・スクールの出身で音楽的な下積みはほとんどなかったし、マンザネラなんて楽譜すら読めなかったらしいじゃん」

戸部「その代わりにクールな美的センスと、音楽や芸術に対するシニカルな鑑識眼を持ち合わせていたことで、他に類のない奇怪なロックを生み出せたわけですよ」

雑色「それがもっとも端的に表れた初期ロキシーの象徴とも言えるのが、冒頭の“Re-Make/Re-Model”だね。イツミも聴いてみな!」

逸見「こ、これは……お洒落でスマートな『Avalon』と全然違う! フェリーの声がヨレヨレの蛙みたいで音程もズレてるし、おまけに演奏はドタバタで、ソロ回しも頼りない!」

戸部「確かに一聴するとマヌケな曲ですが、よく聴けばロックンロールという既定のフォーマットを完全に解体し、再構築していることがわかりますぞ。方法論的には早すぎたポスト・パンクですな」

逸見「あ、言われてみればそうかも。50s風なのに人工的なプラスティック感が出ているのも不思議だし、妙な中毒性があるよ」

雑色「マジな話、私はこの曲が世界で一番好きなんだよ。ここにはロックの過去も未来も詰まってる!」

逸見「やっぱり雑色さんは変態だね。変態と言えば、中ジャケの写真もメンバー全員がバカらしいほどキッチュな格好でヤバイね。インテリなイメージのイーノも若い頃はこんなにケバかったのか……」

雑色「ド派手な見た目のせいでグラム・ロック扱いされていたけど、こいつらは絶対に確信犯だわね、にゃはは」

戸部「左様。サウンドもファッションも自覚的にハズしてますな。あえてロックのパロディーを演じるとは、ポップ・アートにも似た批評性を感じますよ」

雑色「イーノが脱退した3作目以降のどんどん洗練味を増していくモダン・ポップ路線も、後期のアダルト路線も悪くないんだけど、前衛性と胡散臭さがスパークしている初期のロキシーこそが最高!……と私は言いたい」

戸部「まだ音楽業界に染まっていなかったぶん、怖いもの知らずなところがあったのでしょうな」

逸見「それっていまの僕たちみたいじゃない? 僕らもこれから大人の世界に飛び込んで、どんどん変わっていくのかな……」

雑色「イツミ如きが勝手にロキシーと自分を結びつけるなっつうの!」

逸見「そんなこと言わないでよ。さあさあ、僕が最後のコーヒーを入れるから3人で乾杯しよう」

雑色「まったくイツミのセンチぶりには閉口するしかないわ。私はこれからも初期ロキシーのように狂騒的でバカバカしい人生を送ってやる! あ、いつも通りブラックでよろしく!」

 最後まで噛み合わないイツミと雑色のコンビですが、この後の飲み会で2人して肩組みながら号泣していたことは内緒にしておきましょう。4年間お疲れ様でした。 【つづく】