期待高まる新しいタンゴ&フォルクローレの担い手たち
今やジャンルを軽々と飛び越えて様々なシーンで引っ張りだこのバンドネオン奏者・北村聡が、東京オペラシティ主催公演〈B→C バッハからコンテンポラリーへ〉に登場したのは2014年。現代アルゼンチン音楽を代表する作曲家、ディエゴ・スキッシへの委嘱作品を世界初演したことも記憶に新しい。歌手Sayacaが、そのスキッシとの共演アルバム『Cada vez que me recuerdes(私を思い出してくれる度に)』を発表したのは、実に遡ることさらに8年、2006年だ。ブエノスアイレスでアメリータ・バルタールやリディア・ボルダに師事した彼女が『ブエノスアイレスのマリア』日本人キャスト版でバルタールに代わってマリア役を務めたのも、ごく自然な流れだった。
ピアニスト青木菜穂子はやはりブエノスアイレスで、ニコラス・レデスマ、リリアン・サバというモダン・タンゴとモダン・フォルクローレの若き巨匠達に師事しつつ、演奏家としても錚々たるトップ・ミュージシャン達と共演を重ねた経歴を持つ。アルゼンチン音楽の最先端と強い繋がりを持つ以上3人と、国内タンゴシーンの第一線で長いキャリアを持つコントラバス奏者・田中伸司の組み合わせは、日本から世界へ向けて発信する新しいタンゴ&フォルクローレの担い手として、間違いなく最高に相応しい。様々な形で共演する機会の多かった4人は、数年前からレギュラー・ユニットとして活動してきたが、満を持してのファースト・アルバム・リリースとなった。
収録曲は彼らの傑出した実力を遺憾なく発揮させる形で、古典タンゴ、ピアソラや現代の作曲家による新しいタンゴ、カルロス・アギーレ作品、青木オリジナルを含む日本人作品と、幅広いタイプのものが選ばれた。インスト曲では高い演奏能力やアレンジの独自性が際立ち、歌曲では母国語同様にスペイン語を操るSayacaの情感溢れる歌唱が強い説得力を持つ。もはや「模倣」や「追随」といった観点は古びたものだ。南米と日本で同時進行するシーンの1側面として、大いに注目したい。