《悲愴》ソナタ冒頭和音での決然とした一撃。その和音は力強く、澄み切っていて、間合いも絶妙。この序奏部での深沈とした歩みが、生命力に溢れた主部と見事な対照を成してゆく。第2楽章での深い眼差しと幻想の飛翔も極めて美しい。粒立ちが良く、甘美な憧れを伴った音で弾かれた終楽章が楽曲を見事に締めくくっている。《創作主題による32の変奏曲》も凄い。彼女の天才的な表現力が楽想変転の激しさを迫真の音のドラマとして伝えてくれる。ソナタ第30番冒頭は、彼女の指先から宝石の粒が次々にこぼれ落ちるかのよう。こうした感覚美が深い内容表現を伴って作曲者晩年の精神宇宙を描き出して止まない。