ジャム&ルイスが手掛けた充実の新作『Stand For Love』
一般的にピーボ・ブランソンといえば、セリーヌ・ディオンとの“Beauty And The Beast”(91年)やレジーナ・ベルとの“A Whole New World”(92年)といったディズニー映画の曲を歌ったバラディアーとして知られているだろう。それに比べるとソウル/R&Bシンガーとしての功績が振り返られることは(日本では)それほど多くはない。
しかし、ピーボは間違いなくR&Bではトップクラスの歌い手であり、深みを湛えた伸びやかで情熱的なヴォーカルの安定感、精度の高さは恐るべきものだ。だからこそ大甘なバラードを歌ってもサマになる。
なにしろ10代の頃からプロとして歌っていたのだ。51年、サウスカロライナ州グリーンヴィルにて生まれたピーボ(本名ロバート・ピーボ・ブライソン)は、65年に14歳で地元のバンド、アル・フリーマン&ジ・アップセッターズの一員として活動を始め、68年からは同郷の名匠モーゼス・ディラード率いるテックスタウン・ディスプレイのシンガーに抜擢。75年に初のソロ・シングルを出し、同時期にマイケル・ゼイガー&ザ・ムーン・バンドにもリード・ヴォーカリストとして参加……というキャリアについてはbounce誌418号の連載〈IN THE SHADOW OF SOUL:ソウル・ミュージックの光と影〉でも触れたところ。
そのように50年近く歌い続けてきたヴェテランが、67歳にして往時のイメージとほぼ変わらない歌声で11年ぶりにリリースした新作『Stand For Love』。これがまた充実した内容なのだ。自身のアルバムでは初めてのコラボとなるジミー・ジャム&テリー・ルイスによるプロデュースというのも話題だろう。
PEABO BRYSON Stand For Love Perspective Records/Hostess Entertainment(2018)
加えてプライヴェートでは今年初めに息子リトル・ピーボも誕生。現在7ヶ月半になる愛息については「すごく可愛いよ。一緒に飛行機に乗るときも泣かないし(笑)、機内でちゃんと寝てくれる。日本にも連れて行きたいね」と話すが、10月30(火)から11月2日(金)にかけてブルーノート東京にて、11月4日(日)に名古屋ブルーノートにて新作を携えた来日公演も行う。
新作で再確認されたピーボ・ブライソンと日本との絆
ブルーノート東京では、この10年近くR&Bの人気女性シンガーを帯同して頻繁にショウを行なっていたピーボ。だが、オリジナル・アルバムは2007年の前作『Missing You』以来出していなかった。
「自分が何をしたいのか、何を作りたいのかというのを問い続けて、それがわかる正しい時を待っていたんだ。アーティストは進化し続けなければおもしろくない。進化するためには問い続けなければいけないし、それは容易なことではないから、常に答えが出てくるわけではない。これまでの功績もエゴも頭から消して、いまの自分が何をしたいのか。それを問い続けた結果が今回の新作なんだ」
その新作『Stand For Love』をプロデュースしたのがジミー・ジャム&テリー・ルイス。当初はプリンスの傀儡バンドだったザ・タイムのメンバー(ジミーが鍵盤、テリーがベースを担当)として活動しながら裏方仕事もこなし、ジャネット・ジャクソン『Control』(86年)を成功に導いて以降はR&B界のトップに君臨しているプロデューサー・チームだ。
ジャム&ルイスがピーボのオリジナル曲を手掛けるのは意外にも今回が初めてだが、両者は2014年に発表された宇多田ヒカルのトリビュート・アルバム『宇多田ヒカルのうた』に収録の“Sanctuary”でコラボしており、出会いは数年前に遡る。
「ロングアイランド出身で、いまは日本に住んでいる知人のマイケル・マーティンが前にジャム&ルイスと作業をしたことがあって、彼を通じて知り合ったんだ。以来ジャム&ルイスとは何年にもわたって会う機会があるたびに一緒に曲を作ってきた。その積み重ねでこのアルバムが出来上がったんだ」
新作でジャム&ルイスと共にエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ねているサトシ・タナカ氏も、マイケル・マーティンを通して知り合ったという。これまでピーボは、杏里、中西圭三、本田美奈子、石井竜也、倖田來未など日本のシンガーとも積極的に共演してきたが、小柳ゆきとデュエットしていた“Here For You”(2014年)のセルフ・カヴァーを今回の新作に収めているのも日本との繋がりを示すものだ。
ジャム&ルイスの伝説的レーベル、パースペクティヴの復活作としての『Stand For Love』
現在の所属レーベルは、ジャム&ルイスがキャロライン傘下で復活させたパースペクティヴ。もともとは91年にA&M傘下で設立され、LAリード&ベイビーフェイス主宰のラフェイスと鎬を削った同レーベルはサウンズ・オブ・ブラックネスやミント・コンディションなどを送り出したことで知られるが、97年にはジャム&ルイスが運営から離れ、99年に閉鎖。その後は彼らのプロダクションであるフライト・タイムをレーベルにしたこともあったが、この度パースペクティヴを復活させ、その第1弾アクトとしてピーボを迎えた。
「素晴らしいレーベルの復活後初の作品が自分のアルバムだなんて、すごくうれしいよ。過去にパースペクティヴからリリースされていた作品はどれも最高のものばかりだからね。時間はかかったけど、自分がやりたいことをやらせてくれたし、それによって真の作品を作ることができた。
ジャム&ルイスは自分たちのサウンドの延長みたいな作品は決して作らない。アーティストの真の部分、パッションを引き出すことに力を入れるんだ。彼らはアーティストを人として、ミュージシャンとしてどんな人間なのか知ろうとするし、それを反映した作品を作ろうとする。エゴがまったくないんだ。だからアーティスト側も自分自身でいることができる。
制作中は、彼らがスタジオで曲を流して、私が気に入ったものがあれば、それに向かってハミングするように言ってきて、自分が良いと思う曲に自由にヴォーカルを乗せさせてくれた。いままででいちばん楽でユニークなコラボレーションだったよ。前作とはプロダクションが全然違うんだ」
〈ディズニー・ソングの歌い手〉というイメージには葛藤があった?
新作では、ピーボいわく「どんな楽器も演奏できる驚異的なミュージシャン」と絶賛するジョン・ジャクソンがフライト・タイム一派としてジャム&ルイスをサポートしているが、むろんアルバムには、TR-808などのドラム・マシーンを駆使した打ち込みのサウンドに生楽器のヒューマンなグルーヴを注ぎ、時代ごとにアップデートしてきたジャム&ルイスの〈イズム〉が隅々まで反映されている。先行発表されていたディスコ~ブギー的なダンサー“All She Wants To Do Is Me”やスロウ・ジャムの“Love Like Yours And Mine”などは、古くからのピーボ・ファンにも訴えると同時に現行R&Bとしての訴求力も備えた快作だろう。
そしてジャム&ルイスといえば、手掛けるアーティストが過去に放ったヒット曲のフレーズや雰囲気を新しい楽曲にさりげなく織り込むことも得意としており、今作でも“Exotic”に“Beauty And The Beast”的なムードが感じられたりする。
「それは意識したものではないんだ。“Beauty And The Beast”から何かが反映されているとすれば、コード進行とかではなく、曲のダイナミックさだね。私の孫娘もアルバムを聴いて、曲のひとつがディズニー・ソングっぽいと言ってきたけど、やはりそれは私の一部なんだと思うし、それが出てきているんじゃないかな」
“Beauty And The Beast”に関しては、「最初はセリーヌと私の間に緊張感があって、スタジオでお互いを探りあっている様子だったけど、それがだんだん緩んでいって、彼女がニコっと大きな笑顔を見せたときに〈歌う準備ができたんだな〉と確信したよ」というエピソードもうれしそうに話してくれた。が、〈ディズニー・ソングを歌うバラディアー〉というイメージが定着しすぎてしまったことで、R&Bを歌う本来の自分との間で葛藤がなかったのか、気になるところではある。
「葛藤があったことはない。そのイメージは良いイメージだと捉えているし、だからといって自分のしたいことができないわけではないからね。ラップがやりたければやるし、実際にやりかけたこともある(笑)。今回はやらなかったけど、次回はもしかしたらやるかもしれないね。誠実で本物の音楽を作りたければ自分がやりたいことに正直であることが大切。だからイメージは関係ないんだ」
ラップはやっていないものの、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの“Help Me Find A Way(To Say I Love You)”を引用したアルバム表題曲“Stand For Love”はヒップホップを経由したR&Bで、ジャヒームにも通じるこれは、ピーボにとって新境地とも言えそうな曲だ。
「まさに新境地に足を踏み入れるべく作った曲だよ。この曲で自分にリミットがないということを見せたかったんだ。優れたミュージシャンはリミットを設けない。何かひとつのことだけにとらわれていてもおもしろくないし、成長しないからね。いまの時代をあえて避け、何かに戻ろうとすることもできるけれど、誠実であるためには、いまの自分の周りにあるものを反映していくことが自然だからね。
〈Stand For Love〉というタイトルは、私自身がとってきたスタンス。愛はこれまでの人生で自分がいちばん信じてきたものだし、自分が書く曲と歌詞すべてに愛が関係している。愛があるから自分たちは存在していて、愛のために何かをすることで毎日生きがいを感じていられる。そんなことをみんなに思い出させるのがこのアルバムなんだ」
ダニー・ハサウェイが引き合いに出されるヴォーカル・スタイル
スーツを着てラヴ・ソングを歌う印象が強いピーボは、ニット帽やハンチング帽を被って内省的な表情を浮かべながら鍵盤やギターを弾くようなシンガー/ソングライターに音楽的な崇高さが見出されがち(?)な状況にあって、そうしたマルチな側面に光が当たることは少ない。
が、彼の作品でクレジットを確認すれば、キーボードやギターなどを弾き、大半の楽曲を自身で書いていることに気づくはずだ(ピアノの前でポーズをとる82年作『Don't Play With Fire』のジャケットを見てほしい)。その唱法も、まったく同じとは言わないが、ダニー・ハサウェイからの影響を指摘されることも少なくない。
「ダニー・ハサウェイはメロディーの歌い方が素晴らしい。彼のヴォーカルからは信念を感じる。人の注目を引くために何かトリックを使わなくても、書かれたままにメロディーを歌うだけで人を惹きつける。
自分のヴォーカル・スタイルは、とにかく常に自分自身でいたことで、他には存在しない個性を作ったと思うね。何が流行っていようが、人が何を求めようが、自分自身であることで真のユニークさが生まれる。スティーヴィー・ワンダーが歌えば誰もがスティーヴィーだとわかるような自然な個性が出来上がっているようにね」
シャーデーに捧げた楽曲、そして新世代ギタリスト=ゲイリー・クラークJr.の参加
ライヴではよくシャーデーの“King Of Sorrow”を歌っているピーボは今回、スパニッシュ・ギターをフィーチャーした哀愁漂うバラード“Looking For Sade”でシャーデーにオマージュを捧げてもいる。
「シャーデー(・アデュ)は彼女の存在自体がフォース(力)なんだ。彼女にはミステリアス、セクシーといった女性のすべてが感じられる。彼女は〈女性とは何か〉のメタファーだと思うんだ。私は、それを表現するために彼女の曲を歌っているんだよ」
ゴスペルやカントリーの要素を含んだ“Goosebumps(Never Lie)”では、トラディショナルなブルース(・ロック)を基盤にしながらフィールドを跨いで活躍する新世代ギタリスト、ゲイリー・クラークJr.が参加し、ブルース・フィーリングを運び込んだ。
「あの曲ではシリアスなフィーリングをもたらしてくれる誰かが必要だった。ヴォーカルに合わせてクレイジーにギターを弾いてくれるギタリストを求めていたんだ。彼は素晴らしいギター・プレイヤーであり、セッション・プレイヤーでもある。自分が何をしているのか、なぜそれをやっているのかをきちんと把握できているし、自分自身であることを忘れない。だからお願いしたんだ」
来日公演はどんなライヴになる?
過去にはナタリー・コール、ロバータ・フラック、メリサ・マンチェスターなどとのデュエットも披露してきたピーボ。今回の新作には、LAでの最新ライヴ音源として以前ジャム&ルイスとも組んでいたシャンテ・ムーアと“Tonight, I Celebrate My Love”(83年)をメドレーとして歌ったものも収録している。
「シャンテとは日本でも共演したことがあるけど、彼女は格別な声を持っていると思うし、さまざまなことに対応できる柔軟さもある。(ロバータ・フラックと歌った)“Tonight, I Celebrate My Love”に関しては、最初に聴いたとき、私はあの曲が好きじゃなくて。ロバータが好きだったからというだけでデュエットしたんだ(笑)。
曲を書いたマイケル・マッサーが最初、自分で歌っていたんだけど、彼の歌が本当に下手で、自分の声で録音したものを聴いてから好きになった(笑)。マイケルは作曲家としても人間としても素晴らしいけど、歌が酷すぎる。本人にも笑いながら伝えたけどね(笑)」
件のメドレーでは、キャピトル時代にリチャード・エヴァンスやジョニー・ペイトといったシカゴ・ソウルの名匠たちと作った初期の名曲“Feels The Fire”(77年)と“I’m So Into You”(78年)も披露。今回の来日公演では、この頃の曲もたっぷり聴きたいところだ。
「新しい曲と昔の曲が混ざったショウになると思う。日本のファンは特別だし、ブルーノートという、武道館とは違った小さなヴェニューで演奏できることもうれしい。そのほうがより親密なショウになるし、オーディエンス全員と深く繋がることができるからね」
ブルーノート公演では観客ひとりひとりと握手を交わしてから歌いはじめることがお約束になっているピーボ。今回も〈ミナサン、オネガイシマース!〉という声高らかな挨拶とともにロマンティックでインティメイトな夜を演出してくれることだろう。
Live Information
〈東京公演〉
10月30日(火)、31日(水)、11月1日(木)、2日(金) ブルーノート東京
1st ステージ 開場/開演:17:30/18:30
2nd ステージ 開場/開演:20:20/21:00
ミュージック・チャージ:9,000円(税込)
メンバー:ピーボ・ブライソン(ヴォーカル)/キム・ライリー(ヴォーカル)/レジーナ・トループ(ヴォーカル)/マイケル・ホスキン(サックス)/ダイアナ・デンティーノ(キーボード)/ブライアン・ウィリアムス(キーボード)/デレク・スコット(ギター)/ドゥワイト・ワトキンス(ベース)/クイントン・ロビンソン(ドラムス)
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〈名古屋公演〉
11月4日(日) 名古屋ブルーノート
1st ステージ 開場/開演:16:00/17:00
2nd ステージ 開場/開演:19:00/20:00
ミュージック・チャージ:9,000円(税込)
メンバー:ピーボ・ブライソン(ヴォーカル)/キム・ライリー(ヴォーカル)/レジーナ・トループ(ヴォーカル)/マイケル・ホスキン(サックス)/ダイアナ・デンティーノ(キーボード)/ デイヴ・イワタキ(キーボード)/デレク・スコット(ギター)/ドゥワイト・ワトキンス(ベース)/クイントン・ロビンソン(ドラムス)
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