天野龍太郎「毎週金曜日にMikiki編集部の田中と天野がお送りしている〈Pop Style Now〉です。フランク・オーシャンが……!」
田中亮太「アメリカの中間選挙に合わせて、〈Beats1〉で久々の〈Blonded Radio〉が放送されたんですよね」
天野「そうなんですよ! しかも投票に行った人にオリジナルのTシャツをプレゼントするっていうのもやってて」
田中「なんたる大盤振る舞い……。最大の政治団体は、〈棄権〉という42パーセントの人々なんだ、〈投票に行こう〉と呼びかける、粋なキャンペーンでした」
天野「本当に最高ですね。それでは〈Song Of The Week〉から!」
Ariana Grande “thank u, next”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はこちら! アリアナ・グランデの新曲“thank u, next”です。まさに〈今週の一曲はこれ!〉という、話題曲でした」
田中「ですね。なんといっても、歌詞の内容が話題でした」
天野「そうなんですよ! この曲は、アリが元カレたちについて歌ってるんです。カニエ・ウェストのレーベル=GOODミュージック所属のラッパー、ビッグ・ショーンにダンサーのリッキー・アルヴァレス、最近まで付き合っていたコメディアンのピート・デヴィッドソン、そして、もちろん故マック・ミラーも歌詞に登場します」
田中「ちょっと気になって調べちゃいました。〈アリアナ・グランデの元カレ曲『thank u, next』に入れてもらえなかった心境は? 元恋人ネイサン・サイクスを直撃〉なんて記事もありましたね(笑)」
天野「自分がネイサンだったら〈あっ、僕は恋人としてカウントされてなかったんだ……〉って死ぬほど落ち込むと思いますね。これは恋ではなくて、ただの痛み……(泣)」
田中「(無視して)〈ショーンとはいつまでも一緒だと思ってた/でも、彼とは合わなかった/リッキーについて何曲か書いたこともあった/いま聴くと笑っちゃうけど/ピートとは結婚間近だった/本当にありがとう/マルコム(マック・ミラー)にありがとうって言えればいいのに/だって彼はエンジェルだもの〉というのが冒頭の歌詞です」
天野「もう、いきなり泣けますね……。ご存知の通り昨年、アリはマンチェスターのコンサート会場がテロリストによって襲撃されるという、恐ろしい悲劇に見舞われたわけです。そして今年、“no tears left to cry”という感動的なシングルと傑作アルバム『sweetener』を発表してて」
田中「その後、元恋人であるマックの死も、また影を落とすことになったわけですね」
天野「ええ。それでもこうして優しさと愛にあふれ、音楽的にも充実した作品を発表しているアリの姿には、ものすごく感じ入るものがあります」
田中「〈ありがとう、そして次へ/元カレたちには本当に感謝している〉というコーラスが感動的です」
天野「〈元カレ〉は〈ex〉って表現されてて、よく使われる省略形ですね。〈ex-boyfriend〉や〈ex-girlfriend〉ということです。ドレイクの曲の頻出単語(笑)」
田中「でもドレイクみたいなネチネチ感は皆無ですね」
天野「アリがネチネチしてたら嫌ですね。〈ex〉って〈元〉って意味ですが、これは単に〈元カレ〉ってだけじゃなくて、いろいろな意味で〈去っていった人々〉に捧げる曲だと感じてて。もちろん、それはテロのこともふまえてなんですが。〈でも私はnextへ進んでいくんだ〉という力強い曲だと思います」
田中「なるほどー。だからこそ、ゆっくりと前へと歩んでいくようなテンポ感なわけですね。落ち着いた曲調のなかに、ポジティヴな軽やかさもあって、本当に良い曲。アリの歌にも深みや成熟を感じます。『sweetener』でも顕著でしたが、デビュー当時の張り上げるような歌い方ではなくなってて、現代的なソウル・シンガーとして成長を遂げた印象です」
天野「どこをとっても感動的ですね。この曲も含むアルバム『thank u, next』は、近々リリースされる予定。本当に楽しみですね」
King Princess “Pussy Is Good”
天野「2曲目は、キング・プリンセスの新曲“Pussy Is God”。すごい曲名……!」
田中「キング・プリンセスは、まだ19歳のシンガー・ソングライター。NYのブルックリンで活動しているそうで。今年の2月にシングル“1950”でデビューしたばかりのニューカマーです」
天野「すでに〈i-D〉が取材してますね。動きが早い。そのインタヴューにも書いてありますが、ハリー・スタイルズやコートニー・カーダシアンも惚れ込んだ“1950”という曲は、映画『キャロル』の原作小説にインスパイアされたものだとか」
田中「『キャロル』は、女性どうしの恋愛を描いた、ものすごく美しくて切ない映画でしたね」
天野「ですね。で、この“Pussy Is God”は、〈あなたのプッシーは神様/愛しているわ〉という、もちろん女性どうしの性愛についての曲です。とにかく相手の女性を〈あなたは最高〉と讃える歌詞で、さまざまなセクシュアリティーの女性を肯定しているようにも聴こえます」
田中「先日のガールプールですとか、〈PSN〉ではジェンダー/セクシュアリティーの面でチャレンジングな楽曲を何度も取り上げてきますね。女性をエンパワメントするという意味では、ジャネール・モネイの“PYNK”についても書きました」
天野「ありましたね。〈i-D〉のインタヴューでは、自分の名前について〈ジェンダーで遊んでいるような名前〉って言ってますが、彼女はすごくクレヴァーなアーティストだと思いますよ」
田中「ハスキーな歌声や、この曲のファンキーなプロダクション、声ネタへのエフェクト使いなども魅力的。あと、MVも規範的な性のあり方を攪乱するような描写ばかりで、いちいちカッコイイ。たたずまいやアートワークに感じるユニークな美学も含めて、アーティストとしての底力を感じます。この先、要注目なアーティストであることは間違いないですね!」
Earl Sweatshirt “Nowhere2go”
天野「次はアール・スウェットシャツの“Nowhere2go”です」
田中「ひさびさの新曲ですね。アールは、タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンが所属するコレクティヴ〈オッド・フューチャー〉の一員です」
天野「2015年のアルバム『I Don't Like Shit, I Don't Go Outside』以来、3年ぶりです。オッド・フューチャーいち謎の多い彼ですが、普段、何してるんだろう。気になる。オッド・フューチャー自体も動きがないですし。でも、アールは先週リリースされたヴィンス・ステイプルズの新作『FM!』に、ちょっとだけ顔を出してましたね」
田中「それにしても〈どこにも行く場所はない〉っていう、すごく暗い曲名ですね……」
天野「2010年に出した最初のミックステープ『Earl』の頃から彼の曲って変ですし、とにかく暗いんですよね。亮太さんはこの曲をいたく気に入ったみたいですけど、どこに惹かれんですか?」
田中「ビートがあるんだか、ないんだかわからないところとか、常に隙間を埋めているような、ベッタリとしたシンセとか、とにかくオブスキュアで不可思議さを感じさせるところですよね。それこそSPOTLIGHT時代のイルリメに代表される、2000年代前半の関西のラップ/ビート・シーンに自分が感じていたストレンジな魅力を思い出したんです」
天野「なるほど! かなり挑発的なサウンドですよね。プロデューサーはアデ・ハキム。僕が好きなNYの変わり者MC、MIKEの新作『Renaissance Man』にも参加してました」
田中「アールは予測不能なキャラクターなわけですけど、これからアルバムとかEPとか出るのでしょうか?」
天野「ヴィンスが〈Beats1〉で〈アールのアルバムはもうすぐリリースされる〉って言ってたそうですよ! どうでもいいけど、〈Sweatshirt〉を〈スウェットシャツ〉と読ませる日本語表記が昔から嫌だな……」
These New Puritans “Into The Fire”
田中「4曲目はジーズ・ニュー・ピューリタンズの新曲“Into The Fire”。500枚限定の7インチ・シングルとしてリリースされる楽曲で、お店に並ぶのは来年の1月のようですが、バンドのオフィシャルサイトで購入できるみたいですね」
天野「かなり久しぶりの新曲だなと思ったら、いまのところの最新アルバム『Field Of Reeds』(2013年)が5年前……。なんだか眩暈がしますね。いつの間にかメンバーもジャックとジョージのバーネット兄弟2人だけになってるし」
田中「この曲では、デヴィッド・チベットをヴォーカルでフィーチャー。1分50秒付近のポエトリー・リーディングっぽいのがデヴィッドなのかな? 彼が率いているカレント93は、呪術的かつインダストリアルな暗黒系エクスペリメンタル・サウンドで名高いユニット……って特に初期のジーズ・ニュー・ピューリタンズをそのまま形容できますね。なので、両者が結びついたのは納得というか」
天野「相性の良さは間違いないですね。『Field Of Reeds』は、彼ら特有のダークでゴスな世界観は残しつつ、サウンドはぐっとポスト・クラシカルに寄った作品でしたが、この“Into The Fire”はデビューした頃の力強いビートのプロダクションにちょっと立ち戻った感じです。また遠い目をしちゃいますけど、ファーストの『Beat Pyramid』(2008年)って、もう10年前か……。ピアノの音色と不穏な電子音、複雑なビートを叩くドラムが圧巻で、立体的なサウンドが素晴らしい。特にドラムの音の響きに聴き惚れます」
田中「この曲の複雑なドラム・パートは打ち込みかと思いつつ、生演奏みたいです。凄いな。とはいえ、リリカルなピアノやオブスキュアなシンセは前作をふまえつつの感じもあり。彼らは、いまニュー・アルバム用に多くの楽曲を制作中みたいで、〈獰猛で美しいバンガー〉と語っています。超期待!」
Nilüfer Yanya “Heavyweight Champion Of The Year”
天野「最後はニルファー・ヤンヤの“Heavyweight Champion Of The Year”。BBCの2018年注目新人リスト〈Sound Of 2018〉にも選ばれた、ロンドンのシンガー・ソングライターです。両親のルーツはトルコ、アイルランド、そしてバルバドスだそうで。名前もトルコ系なのかな?」
田中「個人的には、ようやく紹介できてうれしいですね。今年リリースしていた“Baby Luv”と“Thanks 4 Nothing”の2曲はどっちも最高だったので」
天野「〈PSN〉の候補曲にずっと挙がってましたもんね。この“Heavyweight Champion Of The Year”も含めて、最近の楽曲はオルタナ、ポスト・パンク的なロックですけど、それ以前の楽曲はわりとジャジーでソウルフルな作風でした。それこそトム・ミッシュと比較されてもおかしくないような」
田中「そうそう。なので、そうした路線変更も興味深いんです。逆に、ソウル/R&Bっぽいと感じていた過去の楽曲もいま聴くと、本質はポスト・パンクというのが見える気がしましたよ。ウィークエンドやディスロケーション・ダンスのサウンドにあったフェイク・ジャズ/フェイク・ラテンのおもしろみといいますか」
天野「その意味では、今回はこれまででもっとも〈ロック〉を打ち出した楽曲と言えそうです。ピクシーズが好きとのことで、納得です。ギターもファズが効いているし、終盤でいきなりダイナミックなドラムが入ってくるところも新鮮」
田中「タメてタメてタメて、最後にエモーションを爆発させる構成は、ちょっとジュリアン・ベイカーを彷彿とさせたりも。ニルファー自身は〈自分の限界を知って、その向こうへとあえて行かないように我慢することを歌った〉と言っているそうですが、むしろ自分のなかで沸き上がってくる突破=ブレイクの予兆を抑えきれないがゆえの楽曲のようにも思えますね」
天野「彼女もそろそろフル・アルバムを出しそうな予感。では、今週はこのあたりで。良い週末を!」