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ベートーヴェン像を塗り替えるアントニーニによる「第9」

 古楽の雄イル・ジャルディーノ・アルモニコの創設者であり、リコーダー奏者、指揮者としても活躍するジョヴァンニ・アントニーニ。彼がバーゼル室内管弦楽団と行って来たベートーヴェン交響曲全曲録音が《第9》(2016年録音)のリリースをもって完結する。2004年に第1番の録音がスタートしたので、足掛け14年にわたるプロジェクトとなった。

GIOVANNI ANTONINI, KAMMERORCHESTER BASEL ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 Sony Classical(2018)

 「アルバム1枚1枚が思い出の写真のようです。単に録音するだけでなく、実演を行った上で録音し、さらにもう一度実演をして、その結果を検証する。そんな形でひとつずつ進んできました。オーケストラと一緒に成長して来たし、それと共に解釈も深まって来た。だから時間もかかったのです」

 とアントニーニ。このベートーヴェン・プロジェクトには様々な想いが込められた。

 「19世紀以降のベートーヴェンにまつわる、ずっしりとした哲学的な思い入れ、ドイツ国家の形成と共にシンボル化されたベートーヴェン像というものがあります。シューマンには有名な『イタリアにはナポリが、フランスにはナポレオンが、ドイツにはベートーヴェンがいる』という言葉がありますが、そうした考え方を排除して、ピュアにベートーヴェンの音楽、そこに内包されている活力を改めて表現したかった。それが何故かと問われれば、自分はドイツ人ではなくイタリア人であるからと答える他はないのですが」

 これまでのどのアルバムにも、アントニーニとバーゼル室内管のその意気込みが刻印されているのだが、その最後に位置するのが今回リリースされる《第9》である。ナチュラル・トランペット、ナチュラル・ホルン、ガット弦の採用など、ピリオド的な演奏アイディアも詰まった圧倒的な演奏が展開されている。

 「この作品の中にはベートーヴェンのユートピア的な考え方が現れていると思います。第4楽章で歌われる有名な『フロイデ』は単なる『友よ』という呼びかけではなく、真の『フロイデ』を希求するもの。ベートーヴェンは100年以上前にこの音楽を書いた訳ですが、それがいかにモダンなものであったのか。それをこの録音の中から発見してほしいです」

 アントニーニによって吟味されたレグラ・ミューレマン(ソプラノ)以下の声楽陣、そして近年その素晴らしいアンサンブルが注目を集めているヴロツワフ・フィルハーモニー合唱団(アントニーニはこのヴロツワフでの音楽祭の音楽監督を勤めているそうだ)という布陣も強力で、アントニーニの指揮のエネルギーが全開となった《第9》。新しい衝撃を年末の日本にもたらすはずだ。