ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は、ご存知パンテラ(Pantera)についてです。西山さんは、あるタイミングでパンテラを聴きたくなるそうですが、あなたはどういう時にパンテラを聴きたくなりますか? *Mikiki編集部
雨の多い最近ですが、無性にパンテラが聴きたくなって聴いていました。人はどういう時にパンテラを聴きたくなるのでしょうか。
それは……。
不安と怒りを溜め込んだ時だ!!
4月末からの3度目の緊急事態宣言で、また仕事がキャンセルだらけでした。
もう3度目ですが、やはり今回もキャンセル連絡のやりとりに心疲れました。どれだけ長い時間ライブで演奏しても、こんな疲れ方はしない。
まずは、ライブハウスとイベント開催可否の相談をしますが、どのお店に聞いても2回目の緊急事態宣言の時の時短営業の協力金の支払いがかなり遅れており、おまけにこれから酒類を出せないとなると、店を開けてライブを開催しても利益にならない、むしろ赤字になるかもしれません。
それから、共演するミュージシャンとの相談。1本キャンセルすると、メンバーの収入もその分減ることになります。それぞれのミュージシャンの感染対策への考え方も様々なので、ライブを決行したい人もしたくない人もいます。
対応を決めたら、最後にお客さんへの告知。これが、お知らせすると〈残念です〉コメントや〈哀しいマーク〉が1件につき大量にSNSに届きます。送る方のお一人お一人の気持ちはとても理解できますし寄り添ってくれることはありがたいのですが、受け取る方はこれが大量に積もるので、気にしていないつもりでも目に入るし、対応しているうちにネガティヴ感情が積み重なっていて辛くなっている人、すでに1年かけて心が大きく疲弊している人にとって、しんどいの駄目押しになることもありますね。
この3段階がライブの数だけあり、5月頭はあまりテンションが上がらずにいました。
が、生きるためには奮い立たせないといけない。私の心を!
ということで心がパンテラ を欲していました。自分の強制起動のために。
私がメタルを聴き始めたのは90年代。パンテラど真ん中です。ちょうどこれがリリースされた頃です。
邦題『脳殺』。原題『Far Beyond Driven』。
PANTERA 『Far Beyond Driven』 East West(1994)
今になってつくづく思いますが、パンテラのアルバムの邦題をつけた方、本当に素晴らしいと思います。
『俗悪』『鎌首』『激鉄』。
ベストアルバムを『最強』と付けた日本のレコード会社の方、本当に素晴らしいです。ヘヴィメタルの邦題文化の中でも、切れ味が抜群に良い。
パンテラは、高速のスラッシュ・メタルからグルーヴ・メタルへとテンポが遅くなった時代に、突出して攻撃的で暴力的、怒りを体現しているかのような音楽のバンドでした。速さ=攻撃的の常識を覆す、ちょっと危険なぐらいの攻撃力がありました。テンポは遅いのに。
とにかくリフが格好良い。〈鍛え抜かれた〉と表現するのに相応しい、強烈なリフ。
そして、そのリフを弾くギターの音色が、鬼のように格好良い。音色がドリルのようにギザギザしていて、ピッチがわかるかわからないかギリギリの音色で、こちらの心を削ってきます。
おまけに、そのリフをとても沈んだ深いグルーヴで弾くのが、超クールで格好良い。
リフの完成度、ギターの音色、沈むグルーヴの3つが掛け合わさって、パンテラの音だと聴いて一瞬でわかる強烈な個性があります。
この、我が心の『脳殺』ですが、今改めて聴いても全然古くないし、よくできているなあと感心します。パンテラのアルバム全部そうですが、昔聴いていた時よりも今の方が〈よくできているなあ〉〈すごいセンスだなあ〉と感心するんですよね。
例えば、『脳殺』の1曲目“Strength Beyond Strength”は高速でスタートしますが、途中のテンポチェンジの瞬間が異様に格好良い。それもテンポが上がるんじゃなくて、落ちるのに格好良い。テンポは落ちるのに気分は上がる。意味がわからない。
パンテラの曲は、わりと曲中でハーフタイムになったり、テンポが落ちたりすることが多くて、それが攻撃力倍増で異常に暴力的に感じるんですよ。
2曲目“Becoming”の最初の謎なリフ。こんなリフ、聴いたことありませんでした。
そして、パンテラあるあるですが、必ず2つ目のリフが格好良いんですよね。この曲は最初の上に飛び跳ねる謎リフと、2つ目のサビの下降するリフの対比が鮮やか。両方際立つし本当にハイセンスだと思います。
3曲目“5 Minutes Alone”これぞグルーヴ・メタル。Aメロのギターの刻みのタイムの溜めて沈んだ感じが、まさにパンテラならではのもの。うーん気持ち良い。このリズムの厚み、すごいですよね。ちょうど歩くぐらいのテンポ感で、これこそが、聴いた人をフィジカルに強制起動させるパンテラのサウンドだと思います。
イングヴェイもそうなのですが、速く弾いたり格好良いリフを弾くだけじゃ格好良くならなくて、タイムが唯一無二でないとキングにはなれないという証明ですね。
そして、リフの繰り返しだけじゃなくて、そのリフを開放したり、踏まえて捻るタイミングが本当にセンス良い。ジャズをやってから聴く方が、このパンテラの抜群のセンスの良さに唸ってしまいます。ただの繰り返しでは絶対終わらないアイデアが豊富なのもパンテラ。
例えば8曲目“25 Years”。最初は歌とキックで非常に単純なリズムの繰り返しを提示して、歌が倍になったりキックが反転したり、変化の仕掛けが多くて本当に面白いです。
なんというか、リフ、リズム、音色など全てにおいて考え抜かれた跡を感じて(実際どうか知りませんが)、それ自体に美しさすら感じるんですね。
そんな細かいことを書いてはいますが、久々にパンテラのアルバムを順に続けて聴く中で、以前になかった感覚が芽生えてきました。
「あれ、こんな奇祭っぽかったっけ?」
続けて聴くと、若干の祭り囃子感、知らない土地の強力な盆踊りに迷い込んでしまった感が強くなってきてですね、ずっと聴いていたら、「ワッショイ!」という掛け声が頭から離れない……。
そう思うと、なんだかめちゃめちゃ楽しくなってきてですね、なんでもかんでもワッショイ!気分で聴いてしまうのですよ。
そりゃそうですよね、思い返せば、“Cowboys From Hell”のイントロからそうでしたわ。
うーん、これは強制起動しますわね。
『脳殺』『俗悪』『鎌首』『激鉄』『Cowboys From Hell』と聴いて、すっかりデトックスしました。
蛇足ですが、“Walk”(『俗悪』収録)をNHORHMでカヴァーしましたが、フェスで演奏するとメタラーが必ず〈Respect〉のところで拳を突き上げてくれます。ジャズの現場なのに、パンテラだと体が動く。動いてしまう。
他に、NHORHMのCDを家で流していると、幼児が“Walk”のみ反応するという情報も頂いたことがありました。
結論、パンテラは身体に良い!!
西山瞳LIVE INFORMATION
5月21日(金)神奈川・横浜上町63(電話045-662-7322)
トリオ(西山瞳、市野元彦(ギター)、西嶋徹(ベース))
5月29日(土・昼)東京・池袋Apple Jump(電話03-5950-0689)
デュオ(入山ひとみ(ヴァイオリン))
6月4日(金)大阪・Mr.Kelly’s(電話06-6342-5821)
【Kaoru Azuma,Hitomi Nishiyama『Faces』Release Live】
西山瞳(ピアノ)、東かおる(ヴォーカル)、萬恭隆(ベース)
6月12日(土)東京・小岩COCHI(電話03-3671-1288)
デュオ(馬場孝喜(ギター))
6月19日(土・昼)東京・池袋Apple Jump(電話03-5950-0689)
“Enrico Pieranunzi 曲集 vol.2”
ゲスト:小美濃悠太(ベース)
※新型コロナウイルス感染防止対策のため、直前の中止、時間の変更や、人数制限がある場合があります。お出かけの際は、最新情報をご確認下さい。
詳細はhttp://hitominishiyama.net/
RELEASE INFORMATION
東かおる、西山瞳『フェイシス』発売中!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら。
PROFILE:西山瞳
1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。
自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。