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シンガー・ソングライター黒澤勇人の個性

――僕は、黒澤さんはソングライターとしてすごいと思っていて、このポップで独特な曲がどうやって生まれているのかが気になっているんですよね。好きな作曲家はいますか?

「最近、自分の軸がぶれがちなので、改めていいと思うアルバムをメモっていました。ジム・オルークの『Eureka』とか、空気公団の『こども』とか、フィッシュマンズの『空中キャンプ』とか、ニール・ヤングの『After The Goldrush』とか……。あとカエターノ・ヴェローゾやsyrup16gのアルバムも」

――セルフ・ライナーにはエリオット・スミスへの言及があって、ああいうシンガー・ソングライター的なところが黒澤さんにはありますよね。

「大学生のときに、〈自分で録音した音源を載せました、ホームページで聴けます〉とmixiに書いたら、知らない人が〈いいですね。エリオット・スミスっぽい〉と言ってくれたんです。〈エリオット・スミスって誰ですか?〉と訊いたら、その人がエリオット・スミスとニック・ドレイクのアルバムをわざわざCD-Rに焼いて送ってくれて」

――(yamada)その音源は、黒澤さんが歌ったものなんですよね?

「そうですね。アコギの弾き語りで、声にリヴァーブをめちゃくちゃかけていて、でも歌詞がない曲でした。その後、即興演奏に向かっていったわけですけど、自分の元々の性質はエリオット・スミス寄りなんじゃないかと思って、最近またちゃんと聴いています」

――黒澤さんはスピッツのカヴァーをしていますし、J-Popも好きなんじゃないかと思っていました。

「好きですね。わりとなんでも好きで、そんなにこだわりがないのかもしれない(笑)」

黒澤勇人のスピッツ“優しいあの子”のカヴァー

――(yamada)自然に曲が出来るタイプですか? 自分は〈ギターを触っていたら曲が出来る〉というタイプではなくて、動機や目的がないと出来ないんです。

「リファレンスがあって、そこから作る場合もありますけど、楽器を触っていたら出来ますね。スピードは早いほうではなくて、ゆっくりなんですけど」

――それと、セルフ・ライナーには「自分がメインであることにこだわらなくとも良い気がしてきている」とあります。今回は岸さんが歌った曲も多いのですが、黒澤さんが歌わなくても毛玉なんだ、と思えた理由は?

「今回、ミックスを自分でやったんですけど、自分の声をずっと聴きつづけるのは苦痛で……(笑)。歌がうまいわけでもないですし、しかもそれを修正して、なんとか聴けるようにしないといけなくて……。岸さんは歌が上手いですし、もちろんストレスなく聴けます。

あと、シビアな話、毛玉の曲では、その他の短編ズに歌ってもらった“まちのあかり”の再生回数がいちばん多いので(笑)」

2019年作『まちのあかり』収録曲“まちのあかり feat. その他の短編ズ”

――岸さんと短編ズの声質や歌い方は、どこか似ているところがありますよね。

「もともと空気公団が好きで、女性ヴォーカルの音楽は好きですし、あと自分の声が高めなので、女性の曲が歌いやすいんです。あまり(声を)張っていない、声量で押す歌姫的な感じではない、フラットな歌唱が好きですね」

――(yamada)4作目、5作目と作りつづけられるバンドって、なかなかいないじゃないですか。黒澤さんの話を聞いていると、毛玉は自然な感じで続いていくんだろうなと思いました。

「たぶん、続けていけると思います。バンド・メンバーからどう思われているかはわからないですけど(笑)」

 

地下にこもったまま、だけど扉は開いた

――いっぽう今回のアルバムの歌詞は、戦争を思わせる言葉があるなど、ヘヴィーな側面がありますよね。

「勘違いかもしれないですけど、世の中の雰囲気が、ちょっときな臭い感じになってきていますよね。まあ、取り越し苦労かもしれないんですけど。それで、戦前や戦時中の状況に興味を持ったんです」

――“流星”には映画「この世界の片隅に」(2016年)のイメージも含まれているとか。

「“美しい街”や“流星”は、戦時中をイメージした曲です。〈地下〉にはさっき言ったとおり防空壕の意味合いもありますし、コロナ禍が終わるのを待つことと戦争が終わるのを待つことには重なる部分を感じます。はっきり説明できないんですけど、戦時下といまの世の中に重なるものを感じて、意識的にしろ無意識的にしろ、それらが混ざり合ったイメージや心象風景がこのアルバムには投影されているんです」

『地下で待つ』収録曲“流星”

――“バーニング”は、イ・チャンドン監督の映画「バーニング 劇場版」(2018年)と関係があるのでしょうか?

「そうです。“バーニング”は先に曲が出来て、後から歌詞を乗せました」

――〈納屋を焼く〉というフレーズがありますね。

「映画を観てから、原作の村上春樹の『納屋を焼く』を読んで、さらに村上春樹が意識しているとされるウィリアム・フォークナーの短編『納屋を焼く』も読みました。“バーニング”の主人公には〈無敵の人〉っぽいところがあって、ちょっと読み込むとやばい歌詞かもしれません(笑)。

ただ、ミュージック・ビデオはコロナ禍の生活を写した写真を公募して作ったので、曲の意味合いが変わって、それはよかったと思っています。キャンプで火を焚いたり食べ物を焼いたりしている写真を何枚か使っていますし、露木さんがソロ・キャンプで撮ったものもあります。それによって、歌詞の〈炎〉の意味がちょっと変わったかなと」

『地下で待つ』収録曲“バーニング”

――“RPG”と“地下で待つ”では、いまは暗くてネガティヴなムードが漂っているけど、夜が明けるのを待っている、この先に光や希望がある、と歌われているように感じました。

「制作を始めた頃は、他人を励ます系の曲が世の中に多かったので、〈暗いモードのままでもいいんじゃないかな〉と考えていました。だから、暗いモードやイメージの曲が多いのですが、後半に出来た“コクーン”はちょっと明るいムードです」

――ただ、夜明けや希望を待っているといっても、明るくない地下にいる、という。

「希望がないわけじゃないですけど、はっきりとした希望は歌えないですよね。自分の力だけでどうにかできる状況でもないですから」

――“RPG”の〈呪いが解けてあなたが目を覚ます頃には/素晴らしい世界がありますように〉は、この先の未来を生きていくお子さんに黒澤さんが語りかけているように感じました。

「そうですね。ただ、〈祈っている〉だけなので、〈自分がいまの世の中をよくする〉とは言っていないんですよね。その覚悟のようなものが、まだないというか……」

――とはいえ、鳥の鳴き声で終わるアルバムの最後からは、夜明けの情景が浮かび上がってきますね。

「歌詞の主人公は地下にこもったままですけど、扉は開いた、ということなんでしょうね」

――〈地下で待つ〉には、〈またみんなで会いましょう〉〈またバンドで演奏しましょう〉という意味もあるわけですしね。

「そうですね。コロナ禍はまだ長引きそうな感じがしますが、できればバンドで演奏したいですし、次の作品はバンドっぽいもの、バンド感のあるものを作りたいと思っているんです。今回、ポスト・プロダクションについて自分で把握できたことも多かったので、〈バンドでやる〉といっても、またちがうものになるような予感はしています」

 


RELEASE INFORMATION

リリース日:2021年4月1日
フォーマット:各プラットフォームでのストリーミング配信/Bandcampでのダウンロード販売
価格:1,500円
配信リンク:https://linkco.re/32bGRHHZ

TRACKLIST
1. 猫背
2. コクーン
3. 美しい街
4. wave
5. RPG
6. 寒い夜のこと
7. バーニング
8. kedama radio
9. 流星
10. ordinary life
11. 地下で待つ

録音:黒澤勇人/西村曜/高島正志 
ミキシング:黒澤勇人 
マスタリング:小泉由香 
イラスト:Kamwei Fong
ロゴ:松原真由  

■毛玉
黒澤勇人(ヴォーカル/ギター)
深田篤史(ギター)
岸真由子(コーラス/キーボード/ピアノ)
石黒健一(ベース)
露木達也(ドラムス)