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保存と進化の両軸で原住民音楽と向き合うABAO

台湾原住民のディーヴァとして大きな存在感を放っているABAOであるが、それにはもちろん理由がある。ABAOはパイワン族出身のシンガーソングライターで、2003年にボーカルユニット〈阿爆&Brandy〉としてデビュー。同年のアルバム『首張創作專輯』が〈GMA〉で〈ベストボーカルアンサンブル賞〉を受賞する。その後、彼女は音楽業界から遠ざかり、長らく看護師の仕事をしていたそうだ。

2014年に母と祖母の親子3代で、東パイワンの古いバラード曲の記録と保存を目的としたアルバム『東排三聲代』を制作し、歌手としてのカムバックを果たす。The News Lens 關鍵評論網のインタビュー(2020年)によると、アルバムの完成後、ABAOはそのパイワン語の歌詞の多くを(その言葉が持つ深い意味を)理解していなかったことや、楽曲のケーデンス(技巧的な即興部)をどのように表現すべきか長い時間考えていたことを明かした。そして、スペイン語で歌われているレゲトンが世界的にヒットしていることを引き合いに出し、「私は台湾の原住民も海外のオーディエンスに届く音楽が作れるのではないかと思ったんです」と語っている。

ABAO 阿爆の2014年作『東排三聲代』収録曲“勇士歌”

また、同記事でABAOはパイワン語を使用することで、楽曲制作において実験の余地が生まれたことも示唆している。彼女が言うには、マンドポップのボーカリゼーションにはすでに確立された方法とスタイルがあり、新しい気持ちを表現する余地があまりない。マンドポップに問題があるわけではないと断ったうえで、「パイワン語の曲をレコーディングしていたとき、(主流である)マンドポップのようにマーケットの期待に応えなければいけないというプレッシャーを感じなかった」と語った。ポップスとのハイブリッドという観点において、歌唱スタイルが確立されていないパイワン語だからこそ、試行錯誤を通じ、自身で道を切り開く余地があったということなのだろう。

そのような転機を迎え、2016年、ABAOは原住民R&Bシンガーへと華麗な転身を遂げたアルバム『vavayan. 女人』をリリースする。本アルバムの楽曲は全てパイワン語で歌われているものの、〈シティポップ〉と呼んでもいい洗練されたアレンジが施され、ファンキーでグルーヴィーなサウンドに思わず踊り出してしまいたくなる楽しいアルバムだ。本作は翌年の〈GMA〉で〈ベスト原住民アルバム賞〉を受賞する。

ABAO 阿爆の2016年作『vavayan. 女人』収録曲“vavayan 排灣女孩”

そして2019年、『kinakaian 母親的舌頭』がリリースされた。新進気鋭のプロデューサーDizparity、そして台北のエレクトロニックミュージックレーベル〈Dark Paradise Records〉を率い、自らもアーティストとして活動するOberka(黃少雍)というシーンの牽引者たちとともに生み出された本作は、テクノやヒップホップ、ベースミュージックといった多彩な電子音楽の要素と原住民音楽が渾然一体となったユニークな音楽性を呈している。歌詞はパイワン語のみならず、マンダリン/閩南語/英語/アミ族の言葉も含まれており、台湾でマイノリティーとして生きる原住民(総人口の2%程度)の人生や価値観について歌われている。

ABAO 『kinakaian 母親的舌頭』 Elevenz Production(2019)

例えば、ラッパーのDJ Didilong 李英宏をフィーチャリングした楽曲“Tjakudain”(どうしようか?)では、親たちに一緒になることを許してもらえないパイワン族女性と台湾人男性のカップルの切ないやりとりが描かれている。ミュージックビデオには日本語字幕もあるので、ぜひチェックしてみてほしい。

ABAO 阿爆の2019年作『kinakaian 母親的舌頭』収録曲“tjakudain 無奈”