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“踊る一寸法師”こそ〈日本のブラック・サバス〉=人間椅子の真骨頂だ

そんな人間椅子の、長い歴史を俯瞰できる5タイトルが2021年11月24日にUHQCDでリイシューされる。これらを聴き返すことによって、人間椅子の変わらない点、変わらないけれどアップデートされている点を掘り下げてみたい。

『踊る一寸法師』。95年、フライハイトよりリリースされた通算5枚目のオリジナルアルバムで、バンド唯一のインディーズ作品である。しばらく入手困難だったレアアルバムの再発売は、ファンにとっては素直に嬉しいものだ。

人間椅子 『踊る一寸法師(UHQCD)』 meldac(2021)

92年の前々作『黄金の夜明け』では多重録音の〈大伽藍〉のようなサウンドを構築し、93年の前作『羅生門』では一転、ライブ感を重視した骨太でシンプルな音作りになっていた。『踊る一寸法師』ではそれらのバランスがうまく中和されつつ、かつ荒々しさが強調されるサウンドになる。それはドラムスを土屋巌が担当したことにも関係あるかもしれない。リリース当時のインタビューを読むと、和嶋は〈やっとロックらしいアルバムが作れた〉と自信満々(「Player」96年2月号)。インディーズでリリースしたことに対しては、〈プチ再デビュー〉という位置付けを現在ではしているようだ(「椅子の中から 人間椅子30周年記念読本」)。メジャーとの契約解除のタイミングで一旦解散したり活動休止したりはせずに、あえてインディーズからアルバムをリリースするという方針は、長いバンド人生を顧みると〈吉〉と出る選択だったように思われる。

『踊る一寸法師』はブルー・オイスター・カルト“Godzilla(ゴジラ)”のアンサーソングである“モスラ”で幕を開ける。モスラが羽ばたく映像を見せつけるような雄大な曲であり、視覚に訴える曲を作るのが得意な鈴木らしい出来栄えだ。サビの〈モ〜ス〜ラ〜〉の部分は、仮歌レコーディングの際に適当に歌ったものが正式採用され、それがそのまま歌詞のコンセプトになったそうだ。続いて“暗い日曜日”。これは90年代からの人気曲で、当時のライブでも最も盛り上がっていた記憶がある。プログレで多用される変拍子の独特なリズムが使用されているにもかかわらず、オーディエンスが一体となってノっていたのが印象的だった。

3曲目“どだればち”は、100%の津軽弁を使用した100%土着ロックである。今まで“わ、ガンでねべが”(92年作『黄金の夜明け』収録)や“ナニャドヤラ”(93年作『羅生門』収録)など、和嶋と鈴木の故郷である青森の要素を取り入れた曲はあったものの、ここまで完全に風土に根付いた楽曲はこの時が初めてだった。だからといって完全な民謡のオマージュというわけではなく、ベック・ボガート&アピスのような直球のハードロックアレンジで仕立てているバランスが秀逸だ。4曲目“ギリギリ・ハイウェイ”は名前を見る限りではディープ・パープルの“Highway Star”を想起させるが、本人たちの音楽性はバッジー(Budgie)を意識した模様。ステッペンウルフ“ワイルドでいこう”も彷彿とさせる疾走感のあるハードなロックンロールは、この曲が初めてである。

〈「疾風怒濤」ツアー〉大阪MUSE公演より“どだればち”のライブ映像
 

5曲目“エイズルコトナキシロモノ”は鈴木による楽曲で、〈映ずる〉と〈エイズ〉をかけた力作。〈お前は 何者 姿を 現せ〉と訴えるサビは、2021年現在、感染症の猛威に晒されている人類に対する警鐘の歌としても聴くことができるだろう。6曲目“羽根物人生”は人間椅子初のアコースティックギターを全面的にフィーチャーしたバラード(?)。鈴木はユーライア・ヒープの“Lady In Black(黒衣の娘)”を意識したそうだが、アコギのコードストロークに日本語詞がつけばどう考えても70年代のフォークソングを彷彿とさせるのはご愛嬌。後にも先にもこんな曲はないから、ある意味レアな楽曲だ。

7曲目“三十歳”は、レッド・ツェッペリン“Moby Dick”を彷彿とさせるギター、ベース、ドラムスのそれぞれのソロコーナーが微笑ましい。当時の3人の共通点が〈三十歳〉だったから、ということから生まれたコンセプトで作られ、メンバー全員が作詞して、それぞれが歌うという珍しい形態。〈30歳を過ぎてもまだロックをやるのか?〉という気持ちもあったようで、この曲にはマイルストーン的な意味合いもあるのだろう。8曲目“時間を止めた男”は、江戸川乱歩らの怪奇小説のようなストーリーで、本稿の冒頭に歌詞を取り上げたように、人間椅子の所信表明に聴こえなくもないテーマ性の曲である。2部構成でハードながらもメロディックで、その後の和嶋の作曲法にも見られていくような作風だ。

終わりから2番目の9曲目“ダイナマイト”。ライブではアンコールで〈ダイナマ〜イ!〉と鈴木が叫んだ瞬間、オーディエンスがテンションマックスとなり、ステージ近くまで押し寄せ、もみくちゃとなるような楽曲だ。〈パチンコシリーズ〉や〈ナンセンスソングシリーズ〉など、ファンの中では色々な呼び名があるが、いずれにせよこのアルバムから鈴木によるこういったスラッシュメタルソングは定型化されて今日に至っている。そしてラストを飾るのが10曲目“踊る一寸法師”。これぞ〈日本のブラック・サバス〉=人間椅子の真骨頂であり、日本版“黒い安息日”と言っても差し支えないだろう。90年代に放映していた青森のローカル番組「人間椅子倶楽部」(青森朝日放送)では作曲者の鈴木が、〈頭がクラクラするくらい首を振れるほどノってしまう曲〉というような発言をしており、本人も自信作だったというお墨付きの曲だ。重厚感があり、不気味で、含みのある美しい歌詞の大名曲である。

アルバム全体を通して聴くと、当時も今も決して古臭く聴こえず、今聴いても新鮮に感じられることだろう。ラウドでロックなサウンドに虜になってしまうような快作なのである。

 

さて、このアルバムで定番化したアルバム構成がある。パンチのある1曲目と、重厚感のある大作のラストナンバーというのはファーストアルバムから変わらぬ構成だが、それに加え、ノリが良くてテンポが早め、かつ単純明快な鈴木による楽曲が最後の曲の手前に配置されること。つまり『踊る一寸法師』でいうところの“ダイナマイト”の位置づけである。これを便宜上〈1・9・10の法則〉と名づけよう(※10曲収録した本作に見立てているためこの名前を用いているものの、他のアルバムは10曲以上収録されていることが多いため、この数字は何曲目かを表すものではない。以降、〈9〉はラストの1曲前、〈10〉はラストナンバーを指す)。この〈1・9・10の法則〉は、今回リイシューされる2010年代のアルバムでもほぼ踏襲されているのである(『無頼豊饒』を除く)。筆者は人間椅子のアルバムを入手すると、まず1曲目を聴く。そして最後の曲を聴く。続いて最後の手前の曲を聴く。この一連の流れで、その時の人間椅子のモードを察知するようにしているのだ。