コラム

KEM 『Promise To Love』

極めてクラッシーな世界を、奇を衒わずシンプルに歌うデトロイトの恐るべき人気者。この男の魅力に出会っていないあなたは、残念ながらR&Bをまだ知らない……

KEM 『Promise To Love』

 4枚目のオリジナル・アルバム『Promise To Love』を発表したケムの人気が止まらない。2~3作目もR&B/ポップ両チャート5位以内にランクインしたが、今作はポップ・チャート初登場3位(R&Bでは1位)。もはや国民的シンガーと言える彼は、ベリー・ゴーディJrが経営を退いてからのモータウンではボーイズIIメン以来の成功者になるのかもしれない。特に『Album II』(2005年)収録のスロウ・ジャム“I Can't Stop Loving You”ヒット後の快進撃には、スムース・ジャズにも通じる彼の音楽を〈保守層に支持されるR&B〉としか見ていなかったリスナーも無視できなくなったはずだ。その存在の大きさは、2012年にクリスマス・アルバム『What Christmas Means』を発表(翌年に増補改訂盤も登場)したことでも証明されることになった。

KEM Promise To Love Kemistry/Motown(2014)

 自主制作盤がモータウンに買われる形となった2003年のデビュー作『Kemistry』以来、流行の最先端をいくわけでも派手なアクションを起こすわけでもなく、シンプルでクラッシーなラヴソングを歌ってきたケム。以前彼は自身のポリシーを〈Less is more〉、少ない情報量こそ効果的でストレートに心に響くと語っていた。そして、深く考える必要のない、リラックスするための音楽であるとも。メイズのような不変/普遍性とアニタ・ベイカーに通じるジャジーな生音を基調としたクワイエット・ストーム感覚。繊細でソフトな声に粘っこいスキャットを交えてヒートアップしていくヴォーカルはアル・ジャロウとの比較も可能だろう。シンプルを貫くケムの音楽は、現在サム・スミスの“Stay With Me”が人々を熱狂させているのと同じような理由でファンを増やしてきたのかもしれない。

 

 加えて、元ホームレスでアルコール/薬物中毒から立ち直った経験を活かして慈善活動も積極的に行う彼の力強い言葉は同胞たちを勇気付け、心を癒してきたという側面も持つ。ハードな現実を見据えながらメロウな音と歌で解放的な気分にさせるケムの音楽は、彼の故郷デトロイトを発祥とするテクノと同じ根を持つ漆黒のゲットー・ミュージックであり、黒人中産階級にとっての最高にクールで洗練されたアーバン・ミュージックでもあるのだ。 

 現在も家族と暮らすデトロイトで地元のバンドと音楽を作り続けるケム。前作『Intimacy:Album III』(2010年)からは、鍵盤演奏のほかクリエイティヴ面全般を支えるレックス・ライダウトの采配もあってか、ギターにランディ・バウランドが起用され、今回の新作でもプログラミングでジョー・ライアンが手を貸すなど、地元以外のミュージシャンも名を連ねるが、制作現場がデトロイトであることに変わりはない。新作でレックスと共にコプロデューサーとしてサウンド面に大きく貢献しているのも、地元のジャズ鍵盤奏者であるデメトリアス“クレヨン”ネイバーズ。寄り添うように優しく、しかし力強いヴォーカルが胸を打つミディアム・バラードの先行シングル“It's You”など、スムース・ジャズ的な作法をベースにしながらグルーヴしていくケムのスタイルを、彼はキャッチーに際立たせる。

 ケム印としか言いようがない楽曲が続く新作のなかでも、ポール・ライザーが弦アレンジを手掛けた“Beautiful World”はフィンガー・スナップも含めて往時のテンプテーションズを連想させる優美なバラードで、地元の遺産であり所属レーベルであるモータウンへの愛を感じずにはいられない。ロナルド・アイズレーのソロ作『This Song Is For You』(2013年)で先行披露していた“My Favorite Thing”やスヌープ・ドッグとのスムースなステッパーズ・ソング“Downtown”も、単なる話題作りではなくオールド・スクールへの愛で繋がった自然なコラボだろう。

 デラックス版の最後では、ケムのバック・ヴォーカルを務め、自身のソロ作も出している同郷の歌姫エルレネイの曲をメジャーの舞台で紹介。果たして彼女はケムにとってのタミー・テレルとなり得るのか? そう思うのは、もちろんケムがマーヴィン・ゲイに迫るほどのセクシャル・ヒーラーであるからに他ならないからだ。

 

 

▼ケムのアルバム

左から、2003年作『Kemistry』、2005年作『Album II』、2010年作『Intimacy: Album III』、2012年のホリデイ盤『What Christmas Means』(すべてKemistry/Motown)
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▼『Promise To Love』に参加したアーティストの作品を一部紹介

左から、ジョー・ライアンの2014年作『1879』(Bed Roc)、ロナルド・アイズレーの2013年作『This Song Is For You』(eOne)、スヌープ・ライオンの2013年作『Reincarnated』(Vice/Mad Decent/RCA)
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