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夢幻の妖異世界を展開するオリジナルアルバム5作​

佐井好子 『萬花鏡』 BLACK(1975)

まずは75年発売のファースト・アルバム『萬花鏡』。これがもう22歳のデビュー作とはとうてい思えないほど、すでにその圧倒的な個性を確立しています。

彼女の作品中でもとびきり妖異趣味の濃い詞曲が多いのに加えて、つげ義春の同名漫画に影響を受けた“紅い花”や、和楽器を巧みに取り入れた”椿は落ちたかや”など、全体的にドメスティックな色調が強いのが特色でしょう。海外のレコードマニアの間でも図抜けて人気の高い一枚ですが、それはこの〈和テイスト〉が新鮮に響くからではないでしょうか。

もし思い通りの死にざまを選べるのだとすれば、“雪女”という曲のストリングスと佐井さんのスキャットが吹雪のように舞い上がる間奏を延々にリピートしながら、人のいない雪山で果てたい。……という妄想をつねに抱いている自分は、やはりどうかしているのかもしれません。

 

佐井好子 『密航』 BLACK(1976)

アレンジャーにクニ河内を迎えた76年発売のセカンド・アルバム『密航』は、ドメスティックな前作から一転して、シルクロードや大陸といったキーワードに導かれるように外洋へと〈船出〉した、鮮烈なエキゾチシズム漂う一枚。

遠い波間の音から不意にシタールやタブラが妖しく鳴り響きはじめる冒頭の“THEME~母さまのうた”が、聴き手の精神をまたたく間に異国へとトリップさせる仕掛けを担っています。仄暗く血の匂いが漂っていた『萬花鏡』の歌詞に対して、本作では海の向こうの見知らぬ土地への憧憬が滲む夢幻的な言葉たちが揺曳しています。

その結晶ともいえる名曲が“人のいない島”で、松田優作が“無人の島”というタイトルでカバーしたことでも知られています。なお松田優作は、佐井さんが他人に提供した唯一の曲“ひとよ酒”も歌っているほどの熱烈な佐井好子ファンでした。

 

佐井好子 『胎児の夢』 BLOW UP(1977)

77年発売のサードアルバム『胎児の夢』は、夢野久作の奇書「ドグラ・マグラ」から着想を得た一大音楽絵巻で、『萬花鏡』の怪奇幻想味と『密航』の異国情緒を併せ持った作品です。

再び大野雄二がアレンジを担当していますが、本作の音楽的な完成度の高さは尋常ではありません。それが最も顕著に表れたのが9分を越えるラストナンバー“胎児の夢”で、佐藤允彦のピアノとスパニッシュ風のギターが導くメロディに佐井さんの朗読やスキャットが絡みながら、次第にフリージャズの様相を呈していくという圧倒的な構築度をほこる一曲。最後は美しいピアノで幕を引くのだけど、そのフレーズはアルバムの冒頭曲“ヒターノ”のイントロと同じ響き。それはまさに時計の音で物語が始まり終わる『ドグラ・マグラ』を思わせて……。

これほど徹底して精緻を極めた先進的なアルバムが、70年代の日本に生まれていたことは驚異でしかありません。

 

佐井好子 『蝶のすむ部屋』 BLOW UP(1978)

活動休止前の最終作が78年発売の4作目、『蝶のすむ部屋』。キャリアでいえば『胎児の夢』の次には違いないですが、感覚的には30年後の復帰作『タクラマカン』の延長線上にあるといえます。

過去3作は、佐井さんの楽曲にアレンジャーが絢爛な肉付けをしていくスタイルでしたが、本作はジャズ界の気鋭ピアニスト=山本剛のトリオと共にオーバーダビングなしの一発録りというライブ感漲る作り。また、残酷で内省的なワードは減り、童話めいた柔らかみのある歌や等身大で開放感のある詞が多くなっています。それでもどこか白昼夢のようにおぼろな雰囲気を持つ本作は、言葉そのものの意味での〈アシッドジャズ〉と呼べるような気もします。

アルバムの終曲で、実際にも最後にレコーディングされたという“白い鳥”の〈空を飛ぶだけの/白い鳥になりたい〉というフレーズが、その後の長い沈黙を示唆しているようで不思議な感慨に打たれます。

 

佐井好子 『タクラマカン』 Pヴァイン(2008)

30年という長い時が巡ってついに佐井好子が復活を遂げたのが、2008年の5作目『タクラマカン』。ほんの少しだけ制作の手伝いをした作品なので思い入れもありますが、おそらく多くのファンと同様、佐井さんのまるで変わらぬ凛とした歌声を聴いたときの〈まさに鳥肌が立つような!〉衝撃はいまだ忘れられません。

歌詞の面では彼女ならではの大陸的なエキゾチシズムとより現実的な叙情が同居しており、時の隔たりはあれど『蝶のすむ部屋』の〈その次〉のアルバムであることを強く感じさせてくれます。私的には“ひらひら”の〈それでも夜は/手にあまるほど/永遠に続く〉というフレーズがたまらなく愛おしい。

JOJO広重を筆頭に、山本精一、早川岳晴、芳垣安洋、渚にての柴山伸二、そしてプロデュース&アレンジを手掛けた吉森信ら錚々たるメンバーによるオルタナティブなサウンドも、2000年代にアップデートされた彼女の世界観を彩るのに相応しい仕上がり。願わくば〈この先〉も見てみたい、という思いは決して罪ではないはずです。

 

貴重な記録に驚嘆のライブ盤3枚

最後に、今回発売された3枚のライブアルバムについても簡単に触れておきます。

佐井好子 『1976.6.29 ライブ・アット 京都山一ホール』 Pヴァイン(2023)

『1976.6.29ライブ・アット京都山一ホール』は、70年代のライブ音源としては唯一残されていたコンサートの模様を、1曲目からアンコールまでの全17曲を完全収録した2枚組。『密航』が全曲収録されていることやアルバム未収録曲が披露されているなど、驚嘆せざるを得ない内容です。

 

佐井好子 『2014.9.26 ライブ・アット 渋谷マウントレーニアホール』 Pヴァイン(2023)

『2014.9.26ライブ・アット渋谷マウントレーニアホール』は、30数年に及ぶ封印を解いてついに行われた奇跡的な復活ライブを記録。全6曲とはいえ、まったく衰えを見せないボーカリゼーションには感涙する以外ありません。

 

佐井好子 『2015.5.29 ライブ・アット 渋谷O-nest』 Pヴァイン(2023)

『2015.5.29ライブ・アット渋谷O-nest』は、待望のワンマンライブにして目下のところ最新のコンサートを収録。5枚のアルバムからセレクトされた楽曲に加えて、まさかの新曲“日本一小さな村”をアンコールで披露。

国内外での再評価が著しく、3枚のアルバムが一挙リリースされたこの機会に、佐井好子の深遠なる音楽世界にぜひ足を踏み入れてみてください。

 

それにしても第1回に取り上げたのが『アメグラ』で次が佐井さんというのも、我ながらずいぶん振れ幅の激しい連載だなぁとは思います。記事のテイストも全然違うし……。第3回はどうすればいいのだろう。

 


PROFILE:北爪啓之
72年生まれ。99年にタワーレコード入社、2020年に退社するまで洋楽バイヤーとして、主にリイシューやはじっこの方のロックを担当。2016年、渋谷店内にオープンしたショップインショップ〈パイドパイパーハウス〉の立ち上げ時から運営スタッフとして従事。またbounce誌ではレビュー執筆のほか、〈ロック!年の差なんて〉〈っくおん!〉などの長期連載に携わった。現在は地元の群馬と東京を行ったり来たりしつつ、音楽ライターとして活動している。NHKラジオ第一「ふんわり」木曜日の構成スタッフ。