タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之。彼の音楽嗜好は、50’s~90’sあたりまでのロック、ポップス、ソウル、ジャズなどを手広くフォロー。また邦楽もニッチな歌謡曲からシティポップ、オルタナティブ、ときにはアニメソングまで愛好する音楽の猛者である。マスメディアやweb媒体などにも登場し、その深い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら〈音楽〉に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもある。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで、北爪啓之が独自の目線で語るジャンルレスな〈音楽〉やどうしても語りたい〈コト〉を紹介していく連載〈パノラマ音楽奇談〉。第2回は佐井好子について綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

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佐井好子を特集せずして何のための連載か

前回から間髪置かずに第2回をアップしましたが、決してハイペースを競っている連載ではありません。これにはのっぴきならない理由があるのです。

5月24日、佐井好子のライブアルバムが3タイトル同時リリースされました。僕にとって彼女は、女性シンガーで、というよりも日本のシンガーで最もリスペクトしてやまない重要な存在なのです。

じつはそのファン熱が高じて、今回発売されたCDのうちの一枚である『1976.6.29ライブ・アット京都山一ホール』の解説を執筆させて頂きました。聞きたいこと、書きたいことを全部詰め込んだら、約1万字の大長尺ライナーになってしまったことには自分でも唖然としていますが……。ともあれ、いま佐井さんを特集せずして一体何のための我が連載なのか、という次第です。

 

幻想的かつ文学的詞世界とカルト的海外人気​

佐井好子は75年にデビューした奈良県出身のシンガーソングライターです。彼女の特異性は、夢野久作や江戸川乱歩などの作家たちに影響を受けた幻想的かつ文学性の高い歌詞にあります。

〈青白い光に/鏡をのぞけば/暗やみににじんだ/まぼろしが/浮かびでる〉“夜の精”

〈闇から生まれて/闇へとかえる/沈黙(しじま)の海の/海の〉“遍路”

あるいは“眠りのくに”や“淋しい印度人”、“迷いの神”といった曲のタイトルを並べるだけでも、佐井さんのかなり風変わりなイマジネーションが伝わるのではないでしょうか。そうした独特な言葉や物語が美しく深く毅然とした彼女のボーカルで歌われたとき、そこには比類のない夢幻世界が立ち上がるのです。

非常に個性の強いアーティストだったためか、彼女はわずか4年の間に4枚のアルバムを残して忽然とシーンから姿を消してしまいます。その後2008年に劇的な復活を遂げるのですが、空白の30年のうちに、〈佐井好子〉の名は一部で秘かに語り継がれるカルト的な存在になっていったのです。なお、現在は海外のコアな音楽フリークの間で彼女の人気が凄まじく、中古市場でレコードが高騰。2021年に発売された限定アナログボックス『佐井好子全集』も即完売しました。

20年以上前から周囲の友だちに事あるごとに佐井さんの魅力を喧伝し続け、ときには無理やり聴かせたりもして布教活動に勤しんでいましたが、それが功を奏したのか(?)、2004年、佐井さんの最大の伝道師にして理解者であるJOJO広重さん(〈キング・オブ・ノイズ〉こと非常階段のリーダーでアルケミーレコード主宰)と知遇を得ることができました。そしてそれから間もなく、広重さんを介して佐井さんご本人と直接お会いすることが叶うのだから、人生というのはつくづく何が起こるかわかりません(この連載もそうですが)。佐井好子とJOJO広重とカラオケに行ったことは、僕の数少ない自慢話のひとつです。