
アメリカ黒人に生まれた以上、政治的な存在にならざるをえない
――今回の映画のテーマの一つに〈クリエイティブとビジネスの葛藤〉ということがあります。ロイにとってラリーさんは父親のような存在で、とても愛しており、音楽活動を行ううえで不可欠な人物だったと思いますが、他方でフランク・レイシーをはじめさまざまなミュージシャンからは批判もありました。ロイの近くで撮影を続けていたアンリ監督としては、ラリーさんの存在についてどう捉えていましたか?
「一言で言えば、ものすごく複雑な関係です。いろいろなレイヤーがそこにはあります。だからこそ、映画ではその複雑なレイヤーを見せようとは思いました。ラリーとロイに関しては、マネージャーとクライアントの関係もあったし、父と子の関係もあったし、白人と黒人の関係もあった。
つまり力を持つ者と持たない者という差があったわけで、ロイとラリーの個人的な関係は、今アメリカで起きているいろいろな形での黒人への差別も含めて、そうした社会構造の縮図だというふうに私には思えました。その意味でも、さっきのシーンを入れることは、やはり必要なことだと感じていたんです」
――仮にクリエイティブとビジネスを両極に置くとして、今回の映画では、その間にあるさまざまな事象――生活、健康、ファッション、音楽、スピリチュアル等々――が出てきます。そうした中で、明示的には出ていないものが〈政治〉だと思うんです。それはロイが政治的なことを語らなかったということなのでしょうか? それとも、本当は語っていたものの、あえてその部分はカットしているのでしょうか。
「とてもいい質問ですね。たしかにロイは、あからさまに政治的なアクティビストであるような人物ではありませんでした。けれども、たとえば今お話ししたラリーとの関係もそうですし、もっと言えば音楽業界との関係の中を彼なりにくぐって生きてきたのも事実です。だからアクティビスト的にならないわけがないんですよね。というより、アメリカにおいて黒人として生まれた以上は、あからさまなアクティビストであろうとなかろうと、私たちはつねに、生活の中で起きているさまざまな制約のもとにいます。つまり私たちは望むと望まざるとにかかわらず、政治的な存在になるべくしてなっている。なぜなら私たちの国で起こったことの歴史や、私たちが今直面していることの本質がそうだからです。
たとえば映画の中でウィントン・マルサリスが回想してましたけど、1990年代から2000年代にかけてロイがヒップホップやR&Bのミュージシャンと交流するようになり、RHファクターの方向性に向かっていきました。そのとき、ロイは〈自分はブラックピープルのために演奏したいんだ〉と言った、と。それは必ずしもあからさまなアクティビズムではないものの、でも、ある意味でとても政治的なステートメントだと思います。ジャズという音楽がブラックアメリカンたちによって創られたアートフォームである以上はね。なぜなら、それをビジネスとしてコントロールしているのは白人たちだからです。ロイはそこに留まるのではなくて、本当のブラックピープルのために演奏したいのだ、と。
政治的なアクティビズムというのは、私たちがあからさまに取り上げようと取り上げまいと、つねにそこにあるものなんです。それはとても深く、何層にも重なっているので、一言二言で説明するのはとても難しいけれど。
日本でこの話をするのはすごく興味深いというか、私たちブラックアメリカンが日々経験し感じていることをどのぐらい日本の皆さんに理解してもらえるのか、本当のところはわからない。それでもすごく大切なことですし、映画監督としての自分の経験についてできるだけ正直に伝えたいと思っているから、あえて話を続けますが、たとえばラリーが今回の映画制作に口を出してきたのは、要するに、ロイを語るナラティブを彼が管理したがったということなんですよ。
ラリーが語るロイ・ハーグローヴと、黒人の私が見たロイ・ハーグローヴは絶対に違っていて、だからラリーが主導権を握って作っていたらまったく別のホワイトウォッシュされた映画になっていたと思います。全てがそういう感じなんです。ジャズ映画は往々にして白人の視点から語られたストーリーになっている。そうした作品が今までは多かった。
けれども今回はそうではない、自分のブラックアメリカンとしての視点で語りたかったんです。私たちが芸術を創り出したとき、なぜいつも他人が私たちの物語を語るのでしょうか。そして私たちが私たち自身の物語を語る機会を得るならば、それはどれほど違うものになるのだろう、と」
――今回ラリーさんは、海野雅威さんを映画に入れないようにも言ったそうですが、アンリ監督はそれを固辞して、結果的に海野さんの演奏シーンが映っていますよね。それによって白人と黒人に加え、アジア人というマイノリティも含めた今のアメリカの姿――実際、海野さんはヘイトクライムの被害にも遭っています――が描かれることになったと思います。もちろん海野さんが登場するのは、まずはロイのバンドメンバーだったからではありますが、それだけではない政治的な多層性をもたらすことになったのではないかと。
「本当は海野さんにはインタビューもしたかったんですけどね……ラリーからブロックされてしまいました(苦笑)。でも、だからというわけではないですが、ロイがインタビューで自分から海野さんの話をしてくれたのはとてもありがたかった。実際、ロイが自分のグループに引き入れた唯一の日本人ピアニストでしたからね。その会話も、私が海野さんについて訊いたわけではなくて、自然な流れでロイの口から出てきたものでした。
それに、ロイは日本のカルチャーをとても愛してましたから。日本はたくさんのリスナーがロイを受け入れてくれましたよね。生きていたら日本でも撮影しようと思っていて、実際にその予定も計画していたんです。特にフランスと日本は、ロイのことを愛してくれたし、ロイにとっても大好きな国の2つだった。だから特別な意味がありました。インタビューこそ実現しなかったけれど、海野さんが演奏する姿を撮れたというだけでもよかったなと思っています」

この映画にはブラックミュージックの歴史が全て詰まっている
――マネージャーによる管理という意味では、今回やはり大きかったのは、権利の関係でロイの楽曲が使えなかったことだと思います。そのため映画の最後に〈本作でロイが演奏する音楽は、作曲者が彼以外か即興のものである〉という一文が出てくるのですが、それを見たときにハッとしました。つまり、ジャズにおいてインプロビゼーションは重要な要素ですが、そのインプロビゼーションという手法が、力を持つ者による管理を逃れる手段にもなるのだ、と。今回のドキュメンタリー映画もスポンティニアスな対話がベースにあるという意味では、即興的な、ある意味でジャズのような映画とも言えますが、アンリ監督にとってインプロビゼーションが持つ意味とはどのようなものなのでしょうか?
「でも、まさにそういうことですよね。私もジャズミュージシャンのように、インプロビゼーションでこの映画を作らなければならなかった。そしてラリーがいろいろな障害にはなったけれども、即興的に制作しなければならなかったからこそ、そのことで結果的により良い映画を作ることができたな、と。それは結局、音楽そのものとパラレルな話で、いろいろなチャレンジを課せられたことによって、映画がより豊かなものになった。最大の難関だったことが、結果的に映画を別のレベルに引き上げてくれたのだと思っています」
――最後に少し大きな質問になってしまいますが、今回の映画制作を通じて、アンリ監督にとってジャズというものに対する捉え方に変化はありましたか?
「すごくありましたよ。やっぱりジャズという音楽を愛する気持ちがより深まったし、それはこの映画を作りながらロイが教えてくれたことのような気がするんです。この映画にはブラックミュージックの歴史が全て詰まっていて、ロイは1年を通してそのことを教えてくれました。撮影しているときは私も夢中だったのでなかなか気づかなかったんですけど、編集しているうちにロイが落としていったたくさんの情報がどんどん見えてきて。なので映画が完成したとき、ジャズというものに対して自分がそれまでよりも近い関係になれたような気がしたんですね」

MOVIE INFORMATION
ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅

ジャズの伝統を守りつつも、R&B/ヒップホップにも影響を与えた天才ジャズトランペッター。49歳で急逝した人生最期の夏に密着。命の限りに音楽に情熱を注ぐ姿を克明にとらえた、心震わすドキュメンタリー。
出演:ロイ・ハーグローヴ/エリカ・バドゥ/ハービー・ハンコック/クエストラヴ/ソニー・ロリンズ/ウィントン・マルサリス/ヤシーン・ベイ/アントニオ・ハート/クリスチャン・マクブライド/フランク・レイシー/ジェラルド・キャノン/マーク・キャリー/ラルフ・ムーア/ロバート・グラスパー/ラッセル・エレヴァード/ウィリー・ジョーンズ三世
ロイ・ハーグローヴ・クインテット:アミーン・サリーム/ジャスティン・ロビンソン/エヴァン・シャーマン/海野雅威
原題:HARGROVE
監督:エリアン・アンリ
日本語字幕:落合寿和
2022年/アメリカ/107分
配給:Eastworld Entertainment/カルチャヴィル
©Poplife Productions
2023年11月17日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開
https://www.universal-music.co.jp/roy-hargrove-movie/
RELEASE INFORMATION
リリース日:2023年11月8日(水)
品番:UCCU-1681
価格:2,200円(税込)
配信リンク:https://Roy-Hargrove.lnk.to/SongsOnHargrove
TRACKLIST
1. アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー
2. オ・マイ・セェ・イェ
3. トランジション
4. ウナ・マス
5. ハードグルーヴ
6. ポエトリー feat. Qティップ&エリカ・バドゥ
7. マイ・シップ
8. マイ・ファニー・ヴァレンタイン
9. レクイエム
10. ストラスブール/サン・ドニ
PROFILE: ROY HARGROVE
1969年10月16日、テキサス州ウェーコ生まれ。2018年11月2日、ニューヨークにて死去。10代でプロデビューし、ジャズの伝統を受け継ぐ正統派かつエネルギッシュなプレイで瞬く間にシーンの寵児となったトランペット奏者。若くしてソニー・ロリンズ、オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコックなどの巨匠に起用される一方、自身のバンド、ロイ・ハーグローヴ・クインテットを率いて活躍。さらにエリカ・バドゥ、ディアンジェロ、クエストラヴ、モス・デフ(ヤシーン・ベイ)など同世代のR&B/ヒップホップのアーティストと交流し、ネオソウルと呼ばれた新しいブラックミュージックの潮流の創出に貢献した。そしてプロジェクト〈RHファクター〉ではジャズとR&B/ヒップホップを本格的に繋ぐ先駆者となり、ロバート・グラスパーに連なる現代ジャズシーンの礎を築いた。華やかなキャリアの一方、その生涯は病と隣り合わせで、晩年は腎障害により透析治療を受けながらの活動だった。本作品は人生最期となった2018年夏のヨーロッパツアーに密着。体調が万全でない中、ステージで命を燃やすようにトランペットを演奏する壮絶な姿を捉えている。またロイ自身の口からだけでなく、彼と親しかった数々の音楽仲間たちの貴重な証言が綴られる。