©Luca d’Agostino / ECM Records

80歳を超えてなお制作し続けるマンフレート・アイヒャー、その足跡を辿る

 ドイツのレーベル、ECMが今年創立55年を迎え、レーベル・オーナーでプロデューサーのマンフレート・アイヒャーは昨年80歳になった。一歳上に米国の現役大統領がいるし、高齢の現役プロデューサー誕生といっても業界に緊張が走るわけではなさそうだ。しかし彼と同僚のスティーヴ・レイクがこれまで制作したアルバムが2500を超え、その内容のほとんどすべてが唯一無二のもので、表現の新領域をアーティストともに切り開いてきたと知れば印象は一変するだろう。ポール・ブレイ『オープン・トゥ・ラヴ』、キース・ジャレット『ケルン・コンサート』、デヴィッド・ダーリング『ジャーナル・オクトーバー』、スティーブ・ライヒ『18人の音楽家たちのための音楽』、アルヴォ・ペルト『タブラ・ラサ』、ギドン・クレーメルやアンドラーシュ・シフのバッハや、現在もジャズやインプロヴィゼーション、そしてクラシックや現代音楽の新曲や新解釈を録音しリリースを続ける。しかもECMはLPがCDになりフィジカルからデジタルへのメディアの移行に左右されることなく、こうした変化すべてを呑み込んで、本やスコア、映像作品もコンスタントに制作し続けている。これはもはや音楽史上、特記すべき事例だろう。量的にも質的にも圧倒的なECMの現在は音楽ファンにとって歓迎すべき珍事であり続けている。

 ECMが45年目を迎えたとき、レコード会社としては異例の展覧会を開催した。その時編纂された展覧会のカタログ、「ECM - A Cultural Archaeology」に収録されたアイヒャー(以下ME)にレイク、そして数人の評論家が参加して行われた鼎談録〈Round Table〉と、55周年の機会に行ったレイクへのメール・インタヴューをもとにECMのもうひとつの事実を辿ってみたい。

 「コンテンポラリー・アートやコンテンポラリー・ミュージック、あらゆる新しい、作曲されたもの、作曲されていない音楽への私の関心を同時に示す何か偏りのない名前を一晩中考えてみました。そして〈Editions of Contemporary Music〉なら一、二年くらいはもつかもしれないと思いました」(ME)と鼎談冒頭、社名の由来について聞かれ答えている。

 「ESPというレコードレーベルがあります(略)が、優れたミュージシャンをスタジオだった車庫に連れてくるのですが、そこで録音された音楽は、水中で録音されたような響きなんです。録音した音楽は素晴らしいのですが、私がそうしたいと思うような方法で録音されていなかった。私は一人の音楽家として音質(tone quality)、響(sound)、音(tone)、音響(sounds)やレイヤーに興味があったので、違う方法を取るべきだと思いました」(ME)。レーベルは新しい音楽をエディションにまとめようと企てられ、どんなサウンドに固定すべきなのか、当時の音楽制作環境の批判的検証、検討が重ねていた。

 「(略)オーネット・コールマンはフリー・ジャズの音楽家だと考えられています。ミンガスによれば、彼は常に正しい方法で誤って演奏し、誤った方法で正しく演奏していました。私からすれば、彼の音楽と演奏は常に良く、正しく響いていました。形式や音質、そして旋律の流れに対しても素晴らしいセンスを持った自由な精神の持ち主です。彼はドン・チェリー、チャーリー・ヘイデンやビリー・ヒギンズのような、他のメンバーの演奏する音に注意を払う音楽家たちを選んでいました。ニューヨークに滞在した時でした。オーネットのグループは演奏されている音楽が示す方向に従って、強度と自由を保ちながら、私がそれまでコンサートで聴いた中で一番透明に響いていました。それにポール・ブレイがいました。調律されたアップライトを弾いても調律されていないベーゼンドルファーを弾いたとしても大変詩的で、自由な演奏家です。彼はいつもどうやって音楽を作るのか、楽器に関係なく把握していました。思うに、音楽がなければサウンドもありません。音楽の内容があるサウンド・コンセプトへと私たちを導くのです」(ME)