
Alixがブーム前夜に発見した日本のシティポップ
――Alixさんは日本でDJとして活動していた時期もありますよね。Zy The Wayの音楽をリリースするに至った経緯を知りたいです。
Alix「私は90年代のヒップホップをきっかけに音楽を聴くようになったんです。そしてテクノやラウンジミュージック、ディープハウスなどを聴く過程で、好きな音楽に共通点があることに気付きました。それは、ソウルやファンク、ジャズのサンプリングです。
ディープハウスに夢中だった頃、フランスのソニーミュージックでインターンをしました。終了後、カタログから欲しいCDを自由に選べる機会をもらい、ブルーノート作品が含まれていたのでジャズを聴いてみようと思ったんです。どの作品を選ぶべきか分からず、〈史上最高のジャズアルバム〉を検索して見つけたマイルス・デイヴィスの『Kind Of Blue』を聴いて、感動しました」
――ヒップホップやテクノ経由でジャズを好きになったんですね。
Alix「そうなんです。その後、ゲーム業界に入り、2008年に仕事で日本に来ました。当時は東京のクラブでディープハウスをたくさん聴きましたね。東京はたくさんのレコードショップがあり、天国のような場所でした。良いレコードを大量に低価格で見つけられましたから。
2008年か2009年だと思いますが、ある日、立川の珍屋を訪れた時、DJ Crystal(現XTAL)が作った、シティポップのミックスCDがかかっていました。そこで初めて、シティポップの存在を知ったんです。早速そのCDを入手し、初めて竹内まりやの“PLASTIC LOVE”を聴きました」
――シティポップが国際的にブレイクする前のことですね。
Alix「ええ。日本にそんな音楽があると知り、〈ワオ、かっこいい!〉と思いました。その発見を機に、シティポップのレコードを買い始め、クレジットまでチェックするようになりました。例えば、鳥山雄司もそうやって知りました」
――すごい探究心ですね。
Alix「日本のハウスにも詳しくなり、友人のDJ Brawtherと日本のハウスミュージックのドキュメンタリー映画の制作にも着手しました。2010〜2013年にかけて、寺田創一さんをはじめ、当時のシーンで重要な役割を担っていたDJやプロデューサーにインタビューを行ったんです。
残念ながらドキュメンタリーは完成に至らなかったのですが、私たちは映画に基づいたコンピレーションアルバムをリリースすることにしました。それがJazzy Couscousの最初の大きなプロジェクトとなりました。結果的にコンピレーションは3,000枚ほど売り上げ、大成功を収めました。その後も、私はJazzy Couscousからハウスをリリースし続けました」
――最初はハウスをリリースしてたんですね。
Alix「ある時、シティポップブームの兆しを感じ始めました。日本では2015年にHMVがレコードショップとして復活します。HMVはまず、佐藤博の『Orient』や大貫妙子の『SUNSHOWER』など、シティポップの名作のリイシューを始めたんです。
自分も何かやろうと思い、〈1980年代の日本のアンビエントシンセポップ〉というコンセプトをHMVに提案したところ、協力してもらえることになったんです。そのコンピレーションは『雲の向こう A Journey Into 80’s Japan’s Ambient Synth-Pop Sound』と名付けられ、2018年にリリースされました」