
Zy The Wayは台湾ジャズを代表するバンドになる
――日本のハウスやアンビエントをリリースしているレーベルから、台湾のジャズがリリースされるのは唐突に思えます。その経緯が知りたいです。
Alix「2019年末、新しいことを求めて12年住んだ日本を離れることにしました。奇しくも2020年にコロナ禍が発生し、妻が台湾系アメリカ人なので、台湾に行くことにしました。当初は知り合いがゼロでしたが、徐々にネットワークが広がっていきました。ある時、近所のライブハウスでジャズの演奏があると聞き、行ってみたんです。そこでケイトとマットに会い、彼らの音楽を即気に入りました」
――Zy The Wayの曲が古典詩に基づいているという背景を知らずに好きになったんですか?
Alix「そうです、シンプルに音楽がかっこいいと思いました。その後、コンセプトを知り、彼らが本物であると確信を持ちました。そこで、すでにデジタルリリースされていたEP『A Different Destiny』にリミックスを加え、12インチとしてリリースすることを提案したんです」
――運命的な出会いですね。リミックスを担当しているのは、USハウス界の大物ロン・トレントです。
Alix「リミックスを依頼するのであれば、ジャズへの造詣の深い人がいいと思っていました。そこで友人にロンを紹介してもらったんです」
――Jazzy Couscousらしい動きですね。レーベルは一人で運営しているんですか?
Alix「ええ、DIYなレーベルです。私には別の仕事がありますし、本格的なレーベルの機能を持たせることは難しい。限られたリソースの中で最大限、Zy The Wayを支援したいと思っています」
――それだけ彼らに力を感じたということでしょうか?
Alix「Zy The Wayが台湾ジャズを代表するアーティストになると信じています。コンセプトも独自性が高いですし」

孔子が編纂した「詩経」を音楽で表現
――Zy The Wayのコンセプトはどのように思いついたんですか?
ケイトリン「当初、私とメンバーはローカルなクラブとか、結婚式や企業イベントなどで演奏していました。多くの場合、スタンダードを演奏していたのですが、同じ曲を演奏することに嫌気がさし、若い世代に届いていないことにも気づきました。そこで、ポップスのジャズアレンジを行うなど、カバーの範囲内で工夫するようになったんです。台湾版のポストモダン・ジュークボックスのようなコンセプトでしたね。その活動を通じて結束力、演奏力を高めながら、オリジナルも制作するようになりました。
作曲においては、さまざまな方法を試しましたが、マットは他人に指図されるのが嫌なので、骨組みは彼に委ねることにしました。しかし、それだとマットのプロジェクトになってしまうので、他のメンバーも一緒にビジョンを描けるコンセプトを探していたところ、孔子によって編纂された詩集『詩経』についてマットが言及したんです。そこに含まれている詩は3000年以上前に書かれ、歌われていたとされます。しかし譜面として記録されていないので、旋律は分かっていません。マットは、〈本当にクールな本だから、これらの詩にメロディーを付けるといいかも〉と提案しました。その時、彼はすでに詩に基づいた曲を何曲か作っていたので、バンドでアレンジし、演奏してみたところ、とても良かったのでプロジェクトとして進めることにしました」
――詩の解釈が、文化的・歴史的に正しいかを検証する、アニー・ルーマン・レン博士の存在も興味深いです。
ケイトリン「彼女は中国文学専門の学者で、父を介して知り合いました。古典を現代の世代に紹介することに情熱を持っていて、私たちの創作意欲にも好影響を及ぼしました。『詩経』を音楽的にどう表現するかについて意見をもらうため、彼女とは定期的に話をしています」
――他のバンドメンバーも「詩経」を読んでいるのですか?
ケイトリン「はい、2020年にコロナ禍で演奏活動ができなくなったことで、メンバーも詩をじっくり読み始めたんです。そして、各々がマットに作曲して欲しい詩を選びました。コロナ禍は多くの困難をもたらした一方、詩を通じて歴史に没入する素晴らしい機会となったんです。『詩経』は英語話者がラテン語を読むようなもので、台湾人にとっても読むのが難しい。1つの詩を理解するためには、複数の翻訳を読み、深く考えないといけません」
――コロナ禍での内省と学習が、現在の創作に繋がっているんですね。
ケイトリン「そうです。詩を選ぶ上で、音楽的な視点も必要となります。例えば、良い繰り返しのフレーズを持っているか、朗読すると気持ちいいかなど、さまざまな基準があります。コロナ禍中はそれらについても熟考する時間がありました。そして、Alixと知り合い、私たちを気に入ってくれたことで、自分たちのやっていることに確信を持つようになりました」