サカナクション、くるり、SUPERCAR……J-POPの新たなモード
ちなみにそのコンペに提出されながらも採用されなかったもう一つの曲がある。それがサカナクション“ワード”の原型となった曲。後に山口一郎が明かしているが、この曲をコンペに提出した時はまだバンドのデビュー前。ビクターエンタテインメントの育成部門と契約を結んではいるが、無名の状態が続いていた時期だ。
“JOY”と“ワード”を並べると、この時期の日本の音楽シーンの〈新たなモード〉がくっきりと浮かび上がってくる。一言で言うと〈ジャパニーズ・フューチャーポップ〉の到来だ。そのスタイルはバンドサウンドとエレクトロニックミュージックの融合。80年代的なギラギラと光沢感の強いシンセポップでもなく、その反動として90年代の基調となったアナログで身体性あるギターロックでもない。洗練されたビートと叙情的なメロディラインを持つエレクトロポップ。それが2000年代を象徴するサウンドテクスチャーとなる。
そうした潮流を代表する曲が、くるり“ばらの花”(2001年1月)と“ワールズエンド・スーパーノヴァ”(2002年2月)だろう。ロックバンドがエレクトロニックミュージックのスタイルを意欲的に取り入れ、しかしそれを〈クラブ的な快楽〉ではなく〈フォーク的な切なさ〉と共に表出することで生まれた名曲だ。同時期にデビューし同じくギターロックからエレクトロニックミュージックに転じたSUPERCAR“YUMEGIWA LAST BOY”(2001年11月)も同じ美学を持った曲。rei harakamiが『red curb』(2001年4月)で注目を浴びたのもちょうどこの頃だ。ちなみにCANNABISもくるりやSUPERCARと同世代で同時期にデビューしている。“JOY”もこの頃の同時代性の中で生まれた楽曲と言える。
その背景にあるのはケミカル・ブラザーズやダフト・パンクやアンダーワールドなどが脚光を浴び、ロックとダンスミュージックの創造的な融合が大きな盛り上がりを見せていた90年代末の英米の音楽シーンの動向だろう。シアトルのザ・ポスタル・サーヴィスやノルウェーのロイクソップなどエレクトロなサウンドと叙情的な歌のメロディを併せ持つアーティストが2000年代初頭に脚光を浴びるようになった動きとも無縁ではないはずだ。
「私はこの曲を10年待ってました」の真意
YUKIにとって、なぜ“JOY”は大きなターニングポイントとなったのか。おそらくYUKI自身、パンキッシュなJUDY AND MARYのイメージの〈次〉をずっと模索していたのだと思う。振り返ってみれば、ビョークがエレクトロニックミュージックを意欲的に取り入れ、その先駆的なサウンドで世界的な評価を集めるきっかけになったアルバム『Post』をリリースしたのが1995年だ。
“JOY”のリリースはその10年後の2005年。「私はこの曲を10年待ってました」というのは、ひょっとしたら、そういうことだったのかもしれない。