
Photo by 濵本 奏
研ぎ澄まされた日本語
──アルバムのタイトルにもなった渋谷WWWの公演名〈う た〉の名づけ親はどなたですか。
蓮沼「灰野さんは完璧には憶えてらっしゃらないと思うんですけど、当時はコロナ禍で、オンラインの打ち合わせでZoom越しに(平仮名の)〈うた〉なんだけど、いっぱい空けたいとおっしゃったんですよ。〈う〉と〈た〉の間にアキは最終的に全角7つ分になりましたけど、数はあとづけです」
──話はちょっと大きくなりますけど、歌といっても日本語だといくつもの表記がありますよね。短歌など、詩歌の歌、地唄などの唄、詩を〈うた〉と読むパターン、片仮名の〈ウタ〉、2000年代初頭には〈うたもの〉という言い方もありました。本作における〈うた〉はどのような顕れ方をしているのでしょう。
灰野「僕はひらがなが好き。小さい子にもしゃべることができるじゃない。うちに鯉がいて、どういう経緯でどういうところから来てと、学名をいったって、子どもはわからない。鯉がいるよ、色がちがうよ、といういい方のほうが伝わるんだもん。シンプルっていいじゃない」
──それこそ日本語の歌の短歌や詩歌で灰野さんは意識するところはないんですか?
灰野「富澤赤黄男さんみたいな現代短歌の人は、僕はダダよりすごいと思っているからね。これは何度もいっていること。さらにいっちゃうと、稲垣足穂さんとかはすごいと思わない。〈草二本だけ生えてゐる 時間〉(富澤赤黄男)って、一本じゃないんだよ。固まっちゃったもん。言葉の選び方の研ぎ澄まされ方はアルトーよりすごいと思うよ。
もちろんそれは日本人がつくったものとして、日本人の感覚として捉えられるからだよ。アルトーなんてフランス語なわけじゃない。フランス語がわからなければ、気持ちがわかります──で終わりじゃない。ジム・モリソンの歌が好きです、といっても気持ちがわかります、ということじゃない? だから日本にロックはないのよ」
──その点で日本語の定型詩に感応するということですね。
灰野「もちろん。認めます。好きだもん。だからといって『古今集』や『万葉集』までを遡って研究するようなことはしないよ。僕は音楽を研究しなければならないから、言葉にかんしてはそこまでは深くはいえない」

Photo by 井上嘉和
灰野敬二の作品のなかでもっとも静かなアルバム
──WWW公演の2ヶ月後にはアルバムの制作がはじまります。事前の構想は設けられましたか。
蓮沼「いつも通りです」
灰野「僕は歌詞をもらって」
蓮沼「僕は弾いて」
灰野「聴きながら歌う。いたってシンプル。こうしよう、ああしよう、ああしましょう、ああしません、はなし。音が出る、歌う」
──クレジットによると録音はzAkさん、蓮沼さんが担当しています。
蓮沼「灰野さん、たぶん忘れていらっしゃいますけど、僕はzAkさんのところで録った最初の音源もメロディなんかはすごく好きでした。でも、翌年(2022年)に川越でも録り直したんですね」
──冒頭の“空(Sky)”は灰野さんの声からはじまります。
灰野「声だとわかってくれた?」
──はい。
灰野「ピアノだとすごい上のほうの音域なんだよ」
──レコーディングはこの曲からですか。
蓮沼「この曲からはじまったと思います。最初の灰野さんの喉の音も、加工や変調をほどこしたりはせず、そのままです」
灰野「僕は自分で聴いて自分の声だとわからなかったの。この高い音なに?ってちょっとかっこつけるけど、憧れた。そしたら、灰野さんの声ですよ、といわれてすごくうれしかった。何気なくやって、おもしろいことができていることがあるんだよ」
蓮沼「歌に集中されているから声のその部分に気づかなかったということなんじゃないですか」
灰野「スキャットにちかい感覚なのかもしれない。高潮してきてこの場面は言葉がないけど、声に出したい、というような。口笛に似た感覚であれができちゃったんだと思う。あの音を出そうと思ったらすごく高いから、出すだけで肩が凝っちゃう。でも、あのときはフッとできた」
──灰野さんのファーストソロ『わたしだけ?』の冒頭を思わせるというとちがいますか?
灰野「うーん、ちょっとちがう。『わたしだけ?』のときはもう完全に意識してやっていたからね。すべてぶっ壊そうというくらいの感覚だったから」
──そのときの攻撃性と『う た』の演奏における心のもちようは異なりますか。
灰野「真逆。言葉はつねに矛盾をはらむから一緒といういい方もあるけど。
ここは何度もいっておきたいけど、今回のアルバムは僕がいままでつくった作品のなかでいちばん静か。かたちから入っている曲も、ほんの少しだけ、ある部分だけとれば、ないとはいわないけど、あとはほんとうにふわぁっとしている。〈歌う〉というよりは〈息をする〉ようにできた。もしあのときの風景の映像があったら、それを見た人は寝ちゃうと思う。椅子のふかふか具合や坐り心地。マイクも曲によって微妙に距離や角度をズラして、そういうことが自在にできた」
──アルバムの基調でもありますが、サウンドは灰野さんの歌とさまざまな距離感をとりながら響き合っています。
蓮沼「この曲の仮歌があって、最初に録ったバージョンではすべてのピアノやシンセの旋律は全部灰野さんが歌っていた旋律をトレースしています。朗読にちかいかたちで、朗読の上の器楽っぽいメロディも、その前に灰野さんが歌っていたメロディを器楽に置き換えたものなんです」