
役者のポテンシャルを左右する演出と演奏
――ライブって意味で言うと、例えば、ギターのフレーズの弾き方って、同じ日の昼の部と夜の部で違ったりするんですか?
細井「ありますけど、細かいところで……」
――ああ、ピッキングの角度が違うとかそういう。
細井「そうですね。マジでそういう話です。絶妙にタイミングが違うとか。ここの1拍の後ろだけちょっと軽くさせて弾いてるとか、ちょっとがんばって弾いてるとか、科学的に言えばそういうピッキングの角度とかってレベルですね。
当たり前な話ですけど、演劇も音楽も人間の手によってできるものなので、その時の感情や状態が必ず表現に影響を与えて……。それが場面ごとに微妙に、でも大きく影響を与えた時に、そこにギャップや変化が生まれる。で、そのギャップや変化って生の表現ではすごい旨みというか、大事な要素で。それを生かすためには音楽においてもその機微をキャッチして表現することを大切にしています」
――細井さんに〈これをやっちゃいけない〉って思うことは額田さんから見て何かあるんですか?
額田「いや、全然ない。本当にないですね。ほとんど思いつかない。遅刻ぐらいですかね(笑)」
細井「気を付けます(笑)」
額田「ありがとう(笑)。そういえば、演出家の先輩に言われたことですが、俳優の良さを消すことは演出家にはすぐできちゃうということがあって、それは自分が心に刻んでいる言葉なのだけど、音楽についてはどう思う?」
細井「それって多分演奏者も同じで、共演者をいかようにもできちゃう音の出し方とかってあると思うなあ。絶対にやっちゃいけないことなんだろうけど……。でも、演劇って俳優さんの持っているポテンシャルを振り落としてしまうことは、現場によってはあるんだろうね」
額田「だからこそ、できるだけ自発的に出演者やスタッフの方が自分から何かを見つけられるようなクリエイションの稽古場にしたいな、というのはやっぱりあるよね」
細井「みんなで迷って最後、自分たちで見つけるみたいな感じ?」
額田「そうそう」
――そうなんですよね。それがプラスに作用するのは面白いなって。
俳優の声と演奏が起こすモジュレーション
――ちなみに、今日見学した稽古のシーンはミニマルなフレーズが多かったですけど、別にメロディックなプレイを自ら禁じている、というわけではない?
額田「ではないですね。ただ、要素が少ない方がいいというのはあって。俳優が台詞を言う時点で感情というか情緒が現れるので、その情緒の部分はわざわざ音楽で表現しなくてもいい気がするんですよね。情緒を増幅させるのではなく、もっと別のラインで演奏を走らせるみたいな。
あと、もっと他の役割もあるというか、演奏には俳優が台詞をより言いやすくする役割もあるだろうし、照明的な空間を作るような効果もあるだろうと」
――大友良英さんのビッグバンドにSachiko Mさんが倍音のないサインウェーブ(正弦波)を入れるじゃないですか。で、あれ、生楽器とモジュレーションを起こして位相のゆらぎとかが起こってますけど、細井さんのギターと俳優の声もああいう感じになる時もあるのかなって、ちょっと思ったんです。どうですか?
細井「ああ。つまり台詞とは別ラインで走っている音楽があって、俳優の発話とモジュレーションを起こす。なんかすごいありそうだけどね」
額田「うーん、ね」
細井「意図的にできるのかはわからないけど。あ、でも意図的なのかな? 結構、ありそうだなとは思うな。舞台上で走っている会話とはまったく別のニュアンスとかトーンで音楽が走っていって、どこかでクロスするポイントがなくても、音楽の存在によってお客さんには台詞がモジュレーションしたように聴こえたり、まったく違う印象を与えたり……。台詞と音楽がそれぞれの軸で進んでいるからこそ、できること、なのかな……?」
――面白い。そこはまだ未知の領域かもしれないですね。
細井「ですね、でも楽しみですね」