モータウンとの契約
この68年はジャクソン5にとって大きな転機の年となった。7月にシカゴのリーガル・シアターでモータウンに所属するボビー・テイラー&ザ・バンクーヴァーズの前座を務めた際、少年たちのステージに感銘を受けたボビー・テイラーからモータウンへの紹介を約束される(実際はそれに先駆けてグラディス・ナイトが最初にジャクソン5を見い出し、モータウン社長のベリー・ゴーディJrに推薦していたのだが、その時点でベリーは契約を見送っていた)。その月のうちにジャクソン5はテイラーに導かれてデトロイトのモータウンへ赴き、スタッフのスザンヌ・デ・パッセの前でオーディションを受ける。ここで披露されたジェイムズ・ブラウン“I Got The Feelin'”のパフォーマンス録画を観たベリー・ゴーディは態度を一変、すぐにモータウンへ迎え入れることを決定した。まだスティールタウンとの契約期間ではあったものの、11月にはゴーディ邸でのパーティーで来客たちにジャクソン5の顔見せが行われている。
69年3月にはスティールタウンでの契約を買い取る形でモータウンとの契約が完了。ボビー・テイラーの指揮によってヒッツヴィルUSAでの最初のレコーディングが行われた。グループのポテンシャルに魅了されていたボビーは特にマイケルの貴重な時間を瑞々しく記録するかのように、ミラクルズ“Who’s Lovin’ You”などのモータウン・ヒットやスライ&ザ・ファミリー・ストーンの“Stand!”、アイズレー・ブラザーズ“It’s Your Thing”など新旧のソウル・ナンバーを20曲以上も歌わせている。そのようないわゆる〈大人顔負け〉系の楽曲の多くは初期のアルバムにおいてマイケルの表現力を伝えることになるが、より深く関わることを決めたベリーは8月にグループをカリフォルニアに転居させ、5人は教育係を務めたスザンヌの指導で全国区デビューに向けたファッションや振る舞いを学ばせていく。同時に、自身を含む制作チーム=コーポレーションによって、少年たちの少年らしさをより屈託なく引き出すようなポップな楽曲を練り上げた。そうやって69年10月に発表されたデビュー・シングル“I Want You Back”は、翌70年1月に全米総合チャート/ソウル・チャートの両方で首位を獲得。人種を選ばずアイドル的な人気を集めた彼らの明るい姿は、ベリーがモータウンに掲げた〈Sound Of Young America〉の理想を体現するものだったのかもしれない。ともかく、レーベルが総力を上げたグループとマイケルの鮮やかな快進撃はここから始まった。【次号へ続く】
5月20日にリリースされる日本独自ベスト盤『Michael Jackson & Jackson 5 -The Best-』(ユニバーサル)
5月20日にSHM-CDで、6月10日にLPでリイシューされるジャクソン5の作品。
左から、69年作『Diana Ross Presents The Jackson 5』、70年作『ABC』『Third Album』、71年作『Maybe Tomorrow』(すべてMotown/ユニバーサル)
5月20日にSHM-CDで、6月10日にLPでリイシューされるマイケル・ジャクソンの作品。
左から、72年作『Got To Be There』『Ben』、73年作『Music & Me』、75年作『Forever, Michael』(すべてMotown/ユニバーサル)