作らざるを得なかったアルバム『So』
『So』は、ガブリエルにとって作らざるを得なかったアルバムだった。1曲目の“Red Rain”の深いエモーションは、ギリギリに追い詰められた男の表現だ。それが、リスナーにボーカルから伝わってくる。昨年発売された『眩惑のブロードウェイ』の50周年ボックスには、40代になって新しく歌いなおした“It.”が入っているが、この歌い方も“Red Rain”と似ている。
『So』は、ガブリエルを一躍世界的なスターへと押し上げた。彼はU2のプロデューサーであるダニエル・ラノワを起用し、本作をメジャーなロックサウンドに仕上げた。しかし、だからといって彼がファンを裏切ったわけではない。このアルバムは、依然として深い情感を伝えている。
変容する架空の存在〈モゾ〉を描く組曲
ガブリエルがジェネシスを脱退した後、当初は音楽家を続けるかは分からなかったと彼は言う。しかし、音楽以外に稼げる方法を知らなかったので、ソロアルバムのためのデモを録り出した。最初は『眩惑のブロードウェイ』のようなストーリーがあるコンセプトアルバムを考えたが、「カルト的で売れる見込みがない」と音楽業界で言われた。そのコンセプトは〈モゾ〉というキャラクターを中心とした組曲で、ガブリエルはソロの1枚目から『So』まで、そのアルバムのために考えた曲をばらばらに録音していった。『So』の“Red Rain”と“That Voice Again”。『Peter Gabriel I』の“Down The Dolce Vita”と“Here Comes The Flood”。『Peter Gabriel II』の“On The Air”と“Exposure”。これらが〈モゾ〉の曲であった。
心理学者カール・ユングの著作の愛好家であるガブリエルは、ユングが聖トマス・アクィナスの著作であると信じていた旧約聖書の「雅歌」に基づく中世の錬金術の書「Aurora Consurgens」から、モゾというキャラクターの着想を得た。そのテキストは、宗教的な象徴や終末論的なイメージに満ちている。ユングの関心は――錬金術師たちと同様――〈変容〉という概念に向けられていた。それは、単に卑金属を金に変えることにとどまらず、自己の変容をも指していた。
聖書のモーセを部分的にモデルにしたモゾは、どこからともなく現れて人々の生活を乱し、そして消え去る謎めいた存在だった。しかし、世界に大きな変革をもたらすにもかかわらず、モゾ自身は無力だと感じている。彼はこの世界にいるが、この世界の一部ではない。ほとんどの場合、隠れて目に見えない存在であるモゾは、テクノロジー――具体的にはラジオ技術――の助けを借りて初めて、自己を表現し、その声を届けることができるのだ。
モゾという存在は、短波ラジオで受信し、発信する情報によって作り出された幻想の世界に生きている。「短波ラジオを通じて彼は好きな人物になりきれるが、現実の街中ではまったく相手にされていなかった」とガブリエルは説明する。このストーリーを映画とステージでやりたいと、ガブリエルはプレゼンテーションをした。しかし、前述の内容を聞いた後、多くの企業にはこれがヒットする見込みが見えなかった。『So』まで、ガブリエルはカルト的な人気があるアーティストだと言われていたのだ。



