大衆に感情を直接語りかける曲
1986年に僕がハミルに会ったとき、彼は「商業的に成功した作品を作り、その収益を芸術の発展や支援に充てるのは良いことだ」と言っていた。彼の言う通りだった。一般的に理解されにくい芸術作品や世界中の伝統音楽を紹介するには、どこからか資金を得ることが必要だからだ。ガブリエルの場合、彼は自身でポップスターとなり、自ら資金を調達した。1989年、彼は世界中の音楽を紹介することに専念するレコードレーベル、リアル・ワールドを設立した。
『So』からは、5つのシングルが発売された。全米1位の大ヒット“Sledgehammer”、そして“Big Time”、“Don’t Give Up”、“In Your Eyes”と“Red Rain”。40年後の現在、僕は通っているジムで、“In Your Eyes”に合わせてエクササイズするグループセンタジーというクラスに出ている。音楽を聴くたび、ロードとガブリエルの残念な関係や当時の会話を思い出している。
結局、1987年にガブリエルは、妻と離婚することになった。そして、ガブリエルの元妻ジルは、精神セラピストとしてのキャリアを始めた。ガブリエル自身は1980年代後半にうつ病になり、精神科に通うことになった。
“Don’t Give Up”のタイトルは、ガブリエルが精神的に苦しんでいる時にジルが口にしていた言葉だった。「彼がひどく落ち込んでいる時、私はいつも〈諦めないで〉と言っているの。この曲はまさに私たち2人のことを歌ったものだと思うわ」とジルは言う。ミュージックビデオでは、ケイト・ブッシュとのデュエットになっている。ガブリエル1人で歌う1987年のアテネのライブ音源もあるが、これもまたすごくいい!
大ヒットとなった“Sledgehammer”は、アルバムの録音が全て終了して、音楽家やスタッフが片づけを始めた時にガブリエルが録音したいと言ってスタジオに持ってきた曲だ。ガブリエルはインタビューで「人はみんな13歳から15歳頃に聴いていた音楽に一番影響を受けている」と言っていたが、彼にとって、それはR&Bの歌手オーティス・レディングだった。僕にとっては、ガブリエルがまさにそうだった。
『So』にはR&Bにインスパイアされたファンクが2曲入っていて、それはこの曲と“Big Time”だ。両方共ヒット曲になった。一般大衆は、ガブリエルが心理学者ユングから影響を受けたコンセプトの曲より、直接的にエモーションに語りかける曲を好む。『So』は、以前の彼のアルバムよりも感情表現が直接的だった。
離婚や不倫を歌い、大ヒットを生んだフィル・コリンズ
同じ頃にジェネシスのフィル・コリンズは、ソロで全米大ヒット曲を次々と出していた。コリンズは元々英国の最もプログレッシブなドラマーの1人として知られていたので、彼がソロアルバムを出したら、きっとジャズフュージョンのインスト盤になるだろうとみんな思っていた。しかし、ソロアルバムの制作を始める前に、彼の妻が子供を連れて家を出てしまった。その寂しさを歌う曲や奥さんに裏切られた気持ちを歌ったデモテープを、コリンズは1人で家で録音していた。
コリンズがガブリエルの3枚目のエンジニアのヒュー・パジャムにそれを聴かせると、家で撮ったボーカルをそのまま残して、その周りに音を追加してアルバムを録ろうという話になった。その結果、彼の気持ちはより直接的に一般大衆に伝わり、彼を1980年代の大スターにした。しかし、大ヒットを一度出すと、次々とヒットを作って欲しいと音楽業界から求められる。そして、再び「奥さんに裏切られた」と歌う曲をいくつも出し始めた。コリンズの元妻は怒っていた。「もういいでしょう。別れたのだから、新しい彼女に捧げるラブソングを作ったらどうなの?」とメディアに言っていた。
その後、彼女はコリンズに仕返しをした。彼に初恋の人がいたことを覚えていた元妻は、「彼女、LAに住んでいるよ。今度電話してあげたら?」と番号を渡したのだ。コリンズが電話すると、初恋の思いがよみがえってきて、そういった思いを込めたアルバムを作ることになってしまった。コリンズは、その頃は二度目の結婚をした後だったので、その妻ともこれがきっかけで離婚することになった。しかし、曲だけは世界的なヒットになった。

