ふと迷い込んだ裏通りから聴こえてくるのは、多様な楽器が奏でるグルーヴィーなアンサンブルと、伸びやかな歌声。そこから始まる物語は、あまりにもセンシティヴで……
Riddim saunterの解散後、ソロ活動をスタートさせたKeishi Tanaka。同バンドが持っていた多彩な音楽性を引き継ぎつつ、より深く〈歌〉と向き合いはじめた彼が、セカンド・アルバム『Alley』を完成させた。本作には、元Riddim saunterの古川太一と佐藤寛(共にKONCOS)をはじめ、伊藤大地(SAKEROCK/グッドラックヘイワ)、松田岳二(CUBISMO GRAFICO)、吉澤成友(YOUR SONG IS GOOD)など総勢19名ものミュージシャンが参加。さらにはストリングスやホーン・セクションを加えた、豪華なサウンド・プロダクションだ。そこには曲ごとの完成度を重視したKeishiの音に対するこだわりがあった。
「前作はほぼ固定したメンバーだったんですけど、今回は、〈この曲はこの人のドラムが合ってるな〉とか〈この曲はこの人のギターで歌ってみたい〉とか、曲によってプレイヤーを変えました。前作に参加してくれた人もいるし、ライヴで一緒にやっている人もいて、みんな素晴らしいプレイヤーばかり。ほんと、贅沢なレコーディングでしたね」。
曲ごとにメンバーは違ってもバンドはKeishiの歌声にピタリと添い、しなやかなグルーヴを生み出している。そのタイトなバンド・サウンドは本作の重要なエッセンスだ。
「最近、ずっとバンド・セットでライヴをしていて、その空気感をアルバムに入れたいと思っていたんです。ファーストの時と楽器の数とかはあまり変わらないんですけど、ちょっと踊れるサウンドを意識したところはありますね。今作の曲を作りはじめた頃、メイヤー・ホーソーンやハー・マー・スーパースターの新作が出たりして、ブルーアイド・ソウルみたいな感じの曲を歌いたくなったのもあります」。
そして、参加ミュージシャンとアイデアを交換しながら作り上げた今作では、ソウルやジャズを自分のマナーで吸収したKeishiのソングライターとしてのセンスが光っている。さらにプロローグ的なナンバーから始まる、ドラマティックなアルバムの構成も見事。まるでひとつの街を舞台にした一本の映画を観ているように、さまざまな情景が浮かび上がってくる。
「僕にとって、歌詞、曲、情景は音楽の重要な要素で、それがきれいな正三角形の形になっているようなものを作りたい。情景を入れるので、季節感も大切にしています。今回のアルバムのテーマのひとつが〈春〉だったんですけど、いきなり春の歌を歌うより、最初は冬の空気があったほうが良いだろうな、と思って、最初の曲はあまり熱っぽくないサウンドを意識したりして。曲の流れもすごく考えますね」。
そうやって、しっかり世界観を作り上げたうえでKeishiの伸びやかな歌声が曲に命を吹き込み、物語を紡ぎ出していく。ヴォーカルについて訊くと、シンガーとしてのプライドと緊張感が顔を覗かせた。
「自分の音楽のジャンルなんて決めてないし何でもいい。重要なのは自分が歌っていることなんじゃないか、そんな根拠のない自信はありますね。僕が好きなシンガー・ソングライターのソンドレ・ラルケも突然ジャズをやったり、ロックをやったりする。ソロのいいところは、そういうフットワークの軽さだと思うんです。でも、前作の時は初めてのソロだし、歌や声を中心にすべてを考えて、コーラスも全部自分でやったんです。今回初めて女性コーラスを入れたのは心境の変化というか、ようやく心の余裕が出てきたのかもしれないですね(笑)」。
ソロの可能性を探りながらサウンド面もヴォーカルも表現力を増した本作。「前作はひとり感が強かったけど、今回は仲間と遊んでいるような、街の音が伝わってくるようなアルバムになったと思います」と彼は語った。〈裏通り(Alley)〉から聴こえてくる歌は街を吹き抜ける風のようにしなやかで、シンガーであり、ストーリーテラーでもあるKeishi Tanakaの魅力をたっぷりと味わえるはずだ。