『Simple Songs』とは名ばかりで、非常に複雑なバンド・サウンドを纏った歌のアルバム。日本に拠点を移したジムは、この国で出会った仲間と共になぜいまこうした作品を発表するに至ったのか?
昔の曲をやるのはサムいでしょ!?
現代音楽、ジャズ、ロックなど、ジャンルを越えて活躍し、プロデューサーとしてグラミー賞も獲得。ワーカホリックぶりを見せ続けるなかでも、ユーモアと礼儀正しさは決して忘れない男、ジム・オルーク。日本に移り住み、日本語でインタヴューに応えるまでになった彼が、日本のミュージシャンたちとニュー・アルバム『Simple Songs』を完成させた。注目すべきは本作が『Insignificance』以来、実に13年半ぶりのヴォーカル作品だということ。その制作の背景には、前作『The Visitor』(2009年)を前後して知り合った、プレイヤーとの強い絆があった。バック・メンバーは、石橋英子(ピアノ/オルガン)、山本達久(ドラムス)、須藤俊明(ベース)、波多野敦子(ストリングス)といった面々。ジムは彼らとの出会いをこう振り返る。
「『The Visitor』の時、須藤さんに少し楽器を貸してもらいました。あの頃は日本に引っ越したばかりで、楽器を全部売ってしまっていたので……。須藤さんは素晴らしいベーシスト。同じ時期に達久のライヴを観て、実にイイネと思った。それで〈3人で演奏してみましょう〉と声を掛けたんだけど、当時は3人のために曲を作るとは考えていなかった。後日〈鍵盤も入れてみたい〉と言ったら、達久が英子さんを紹介してくれた。その流れで英子さんから『carapace』のプロデュース話がきて、それで私たちはバンドになった。一緒に演奏していくうちに皆さんが私の曲をやりたがり、曲を作らなければいけない雰囲気になった。昔の曲をやるのはサムいでしょ(笑)」。
石橋英子『carapace』(2011年)に続いて前野健太『オレらは肉の歩く朝』(2013年)をジムがプロデュースした際も、ジムと彼らは行動を共にする。「一緒に1~2年はプレイする経験が必要。それまではバンドじゃない」と思っていたジムだが、演奏する機会が増えるにつれて「だんだん良くなった。それは久しぶりの感じ。私は恵まれていると思った。そういうギフトは捨てないほうがいい」とバンド活動に前向きになったとか。そして、このメンバーで演奏するための新曲作りに試行錯誤しながら、『Simple Songs』に辿り着いたわけだ。「『Insignificance』とは合わせ鏡のような関係にある」と語る本作でジムが大切にしたことのひとつは、メロディーだった。
「前にアルバムを作った時、ヴォーカル・メロディーが足りないと思った。なので、今回のチャレンジは歌詞とメロディーとサウンドを混ぜるということ。リズム、メロディー、ハーモニー、歌詞はいつも関係があります。押すか、引くか。それは、重ねることとは違う。重ねるソングライティングには興味がない」。