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ジェイムズ・テイラーから届いた新しい便り―時代の変動を物ともせずリスナーを魅了し続けてきたSSWの足跡を振り返る

【PEOPLE TREE】ジェイムズ・テイラー Pt.1

激動の時代が虚しさだけを残して過ぎ去り、社会全体が途方に暮れていた70年代初頭。人々にはこんな音楽が必要だった。家に帰ろう。そして、彼の優しい言葉と歌で傷ついた心を癒そう……。極めてプライヴェートなその歌詞は、やがて私たちそれぞれのストーリーに変換され、かけがえのない宝物になった。あれから45年、いまも寂しい夜には君の愛に包まれたくなる。ジェイムズ・テイラー、最愛の友だちから届いた新たな便りに、甘い涙が止まらない

 

 2010年4月に行われたキャロル・キングジェイムズ・テイラーの来日公演の素晴らしさは忘れられない。旧友2人が再会し、全曲でお互いの伴奏も務め合う、真の意味でのジョイント・コンサートだったのだが、キャロルが書き、JTが大ヒットさせた“You've Got A Friend”が観客の静かなる合唱を誘って武道館全体に響き渡った時、そこにいた誰もがたっぷりの幸福感を味わったことだろう。

 あれは決して郷愁だけの夜ではなかったはず。確かにその晩に歌われた曲の数々は一定の世代にとって重要な意味を持つが、同時にその豊かな音楽性を内包した作品は、時代を超えた(キャロルのヒット曲の有名な一節を借りれば)〈永遠に続く宝物〉でもあると強く感じたからだ。特にJTの歌と演奏は、怠らずに鍛錬を重ねてきたことがよくわかる、円熟の極みと呼べるものだった。

 アコースティック・ギターを片手に歌う彼のパフォーマンスは、友人がそばで語りかけてくるような親密さを感じさせる。そのスタイルこそフォーク歌手的であるが、JTのサウンドはフォークやカントリーからリズム&ブルースにジャズ、そしてミュージカルのショウ・チューンまで、幅広い音楽を消化したモダンなポップスと言っていいものだ。また、優れた和音感覚を反映した個性的なフィンガー・ピッキングをはじめ、ギタリストとしての影響力も大きい。そういった極めて洗練された音楽と、人々が共感できる私的な歌詞が結び付いた楽曲の水準の高さは、世のシンガー・ソングライターのなかでも図抜けている。

 

痛みを知る歌声

 それでは、JTのキャリアを簡単に振り返ろう。彼は48年生まれ、ボストン出身。全員が歌手デビューしたテイラー5兄弟妹――アレックス(93年没)、ジェイムズ、ケイト、リヴことリヴィングストン、そしてヒュー――の次男である。両親が音楽好きで、幼い頃から家族で歌を楽しんでいたとか。若い頃にオペラ歌手を志していた母親はブロードウェイ音楽を、医者の父親はフォークを特に好み、それらは彼の音楽の基礎となったが、決定的な影響を受けたのは、長兄アレックスが心酔していたレイ・チャールズアイク&ティナ・ターナーボビー・ブランドなどのブルースやソウル・ミュージックだった。その証拠として、JTはソングライターであるにもかかわらず、シングル・ヒットには50~60年代のリズム&ブルースのカヴァーが少なくない。

 また、父親がノース・キャロライナ大学の医学部長に就任したため、幼少期を南部で過ごしたことも少なからず影響を及ぼしているようだ。初期の代表曲“Carolina In My Mind”で歌われている通り、その土地は彼にとっての原風景であり、90年代以降はマーク・オコナージェリー・ダグラスブルーグラス・ミュージシャンを客演に迎え、南部ルーツを反映させた曲も披露するようになった。

 最初の楽器は嫌々習ったというチェロだったが、12歳頃からギターを始め、15歳の時に避暑地のマーサズ・ヴィニヤードで長年の親友/音楽の相棒となるギタリストのダニー“クーチ”コーチマーに出会う。そして寄宿制の高校に進学後、鬱病で入院。そこで曲を書きはじめた。退院後にNYへ移り、クーチとフライング・マシーンを結成してグリニッチ・ヴィレッジで活動するが、ヘロイン中毒に陥ったこともあり、バンドは成功することなく解散。

【参考動画】ジェイムズ・テイラーの初期の代表曲“Carolina In My Mind” パフォーマンス映像

 

 67年後半にJTはロンドンへ。クーチの紹介でアップル・レコードのA&Rを務めるピーター・アッシャーに渡したデモが、ポール・マッカートニーに認められ、69年に同レーベルからアルバム・デビュー。その『James Taylor』にはポールとジョージ・ハリスンが参加している。

 初作は概ね好評だったが、アップルの倒産に巻き込まれ、さらに薬物中毒の治療入院も重なって期待した成果は得られず。それでも彼の才能を信じたピーターはマネージャーを引き受け、JTと共にカリフォルニアに渡り、療養で立ち直った彼をワーナー・ブラザーズと契約させる。ちょうど時代の変わり目だった。ヴェトナム戦争や公民権運動、ヒッピー文化やドラッグが社会を大きく揺り動かした激動の60年代が幕を閉じ、新たな時代の精神をすくい上げるアーティストが待たれていたのだ。

【参考動画】ジェイムズ・テイラーの70年のシングル“Fire And Rain” パフォーマンス映像

 

 70年にJTは『Sweet Baby James』で再デビュー。“Fire And Rain”が全米3位を記録し、一躍時代の寵児となる。同曲は自殺した親友の思い出と、中毒や鬱病で苦しんだ自身の過去を〈僕は火も雨も見てきた〉と歌ったナンバーで、60年代の夢に破れ、喪失感を抱えていた人々の心を、みずからも痛みを知る歌声で癒したのだ。翌71年にはキャロル・キング作の“You've Got A Friend”を取り上げ、全米No.1を獲得。実はこの曲、もともと“Fire And Rain”の〈ひとりの友達も見つけられない孤独な日々を経験した〉という歌詞への返答歌として書かれたという。そのキャロルの『Tapestry』(71年)も記録的なベストセラーとなり、2人の成功はギターやピアノの弾き語りで私小説的な告白調の自作曲を歌う、いわゆる〈シンガー・ソングライター・ブーム〉を巻き起こすことに。

 なお、『Sweet Baby James』と“You've Got A Friend”を含む71年作『Mud Slide Slim And The Blue Horizon』はLAで録音された。プロデューサーのピーターは後に、「ファースト・アルバムの『James Taylor』はプロデュースしすぎ、調理しすぎだったから、今度は逆に音を減らしてもっと簡素なサウンドを狙い、そのことが曲とジェイムズの歌声の力を際立たせた」と振り返っている。クーチやドラマーのラス・カンケルら、歌心に溢れた気の合うプレイヤーとスタジオ内で相談しながら練り上げていった、ここでのヘッド・アレンジによるサウンドは、70年代のシンガー・ソングライター作品の雛型とも言えよう。例えば、ジャクソン・ブラウンのデビュー作『Jackson Browne』(72年)はラスとリー・スクラーというJTのリズム・セクションを迎え、その方法論を借用したとジャクソン本人も認めている。その点では、東海岸の人でありながら、JTは当時のカリフォルニア・サウンドの立役者のひとりでもあったのだ。

【参考動画】ジェイムズ・テイラーの71年のシングル“You've Got A Friend”

 

時代の変動を物ともせずに

 ワーナーからアルバム6枚を発表した後、76年末にJTはCBSコロムビアと契約。心機一転のアルバム『JT』をヒットさせるも、ライヴァル会社への移籍は業界を大いに騒がせ、結局79年にワーナーがポール・サイモンをコロムビアから獲得するという報復的な事件を招いた。70年代のJTはそれほどに大物だったのだ。その事実を数字で証明するように、ワーナー期のベスト盤『Greatest Hits』が、USで1,000万枚以上のセールスに認定される、ダイアモンド・ディスクに輝いている。

 さらに驚くのは、音楽シーンが目まぐるしく変わっていった80~2000年代にかけても、すべてのオリジナル・アルバムでプラチナ・セールスを獲得し、高い人気を保ち続けていること。82年に約10年連れ添ったカーリー・サイモンと離婚して以降、音楽以外の話題で世間を賑わせることは減り、ほぼ毎年ツアーを行いながら数年に一枚のペースで作品を発表。その地道な活動から届けられる音楽の質の高さだけで、40数年もの間ファンを惹き付けてきたのだ。

 ただ、作風がある程度確立しているJTのようなヴェテランになると、どれだけ良い曲を作ろうとも、一部からマンネリとかワンパターンと言われてしまう。確かに80年代終わりくらいには、僕自身も少しそう感じたことがあったと思う。ところが、90年代に登場した2作品、『New Moon Shine』(91年)と『Hourglass』(97年)には驚かされた。それらのアルバムは、成熟した表現にも新鮮さを吹き込めると僕らに教えてくれた。南部の思い出を架空の町に託した“Copperline”やマーティン・ルーサー・キング牧師と公民権運動に敬意を評した感動的な“Shed A Little Light”など、この時期からもキャリアを代表する珠玉の名曲が生まれている。

JAMES TAYLOR Before This World Concord/ユニバーサル(2015)

 さて、このたびリリースされた『Before This World』は、ライヴ盤やカヴァー集、ホリデイ盤など、さまざまな企画モノが続いたので、書き下ろしの新曲を集めたアルバムとしては何と13年ぶりとなる待望の一枚。現在の奥さんとの双子の息子が14歳というから、近年は父親業も忙しかったのだろう。

 アコースティック・ギターを中心に置きつつ、スティーヴ・ガッドら名人揃いのツアー・メンバーとの絶妙なアンサンブルが織り成す不変のJTサウンドが聴けるなかで、カントリーやブルース、ラテンなどの音楽要素がスパイスとして効いている。曲の主題もさまざまだが、とりわけ物語調の語り口がさらに磨かれており、地元ボストン・レッドソックスの2004年シーズンを歌った“Angels Of Fenway”のような遊び心を込めた曲もあれば、アフガニスタンの戦場を舞台とする“Far Afghanistan”のようなシリアスな曲もある。〈JT健在なり〉を知らしめる嬉しい仕上がりだ。

 あ、最後にひとつだけ付け加えておこう。特に若い皆さんのために。現在人気絶頂の女性歌手のファースト・ネームは両親がJTの大ファンゆえに付けられたそうだ。 

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