ヴィルトゥオーソでもある作曲家による渾身の初ピアノ・ソロ・アルバム
ベルギー出身の俊英で、14歳の頃から音楽活動を始め、今ではジャズ・トリオからホセ・ジェイムズとのデュオ、ピアノ協奏曲、映画音楽まで、文字通りジャンルの壁を超えた活動を展開しているジェフ・ニーヴが、昨年発表した初ソロ・ピアノ・アルバムを引っ提げて来日公演を行った。端的に『ワン』と題されたアルバムを聴くと、彼の持つ音楽性の幅広さと多様性に圧倒される。「物心ついた頃からずっとピアノを弾いているけれど、もともとピアニストよりも作曲家になりたいと思っていたし、ピアノも自分専用のオーケストラのように捉えているんだ」という彼のピアノは、ジャズやポップスといったコンテンポラリーな要素はもちろん、スクリャービンやラフマニノフ、プロコフィエフなど、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した、ヴィルトゥオーソとしても知られた作曲家の影響が色濃く出ているのが特徴だ。
ピアニストとしても作曲家としても並々ならぬ力量がありながら、いや、むしろ力量があるがゆえに、ソロ・ピアノ・アルバムに取り組むための準備が整ったという判断がなかなか下せなかったという。「ベルギーのラ・シャペル・スタジオでジョニ・ミッチェルの《ア・ケース・オヴ・ユー》を録音した時、親友のエンジニアとの間に、こんなやり取りがあった。『テクニックは興味深いけれど、感動しないな。君がどんな物語を聞かせたいのかわからない』『曲がシンプルだから、ピアニストとしては何かを加えなきゃならないと思ったんだ』『そうじゃなくて、僕はこの曲が君にとってどういう意味を持つのか知りたいんだ』というわけで、僕は初恋のこととか、美しい国を旅したこととか、自分の人生の中で重要な出来事に思いを馳せてから、ふたたびこの曲を演奏した。すると、録音している間に目から涙があふれてきた。この曲の美しさを見出したからね。その時初めて、僕はソロ・ピアノのアルバムを作ろうと決心したんだ」
ジェフ・ニーヴが文字通り満を持して制作したこの『ワン』は、「上下に音域を広げてある」という、オーストラリア製の特殊なピアノで録音されたストレイホーンの劇的な《ラッシュ・ライフ》の解釈から、オリジナルの《ソリチュード》や《フォーミダブル》のリリカルな演奏、プロコフィエフやスクリャービンをほうふつとさせる《クッド・イト・ビー・トゥルー》や《ネヴァー・ギヴ・アップ》まで、ひとりのアーティストによるものとは思えないほど多彩なソロ・ピアノが堪能できる作品に仕上がっている。聴き手の音楽的成長につれて、将来的にも新しい発見が楽しめるに違いない。