NHORHM……ん? 〈わかる人〉はNWOBHM(ニューウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィー・メタル)と空目してしまうだろうが、こちらは〈New Heritage Of Real Heavy Metal〉=NHORHMだ。トリオのparallaxやベーシスト・安ヵ川大樹とのデュオなどで活動するジャズ・ピアニスト、西山瞳が率いる新たなトリオで、その名が表すように往年のメタル(ハード・ロックなども含む)名曲のカヴァーに挑むプロジェクトとして立ち上がった。西山が従えるのは、みずからのバンド=miDに加えて畠山美由紀けものなどの作品に参加してきたフレットレス・ベース奏者の織原良次と、ソロ・パフォーマンスや自身のトリオでの活動にコシミハル作品のサポートなどもこなすドラマーの橋本学――この3人で完成に至ったアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』、丹精込めて練られたアレンジには原曲へのリスペクトが多分に感じられ、ゲストが参加した楽曲が鮮やかなスパイスとなって彩りを与えていたりと、非常に興味深いナンバーが揃っている。

もちろん、ただ〈ジャズに寄せた〉作品ではない。取り上げた楽曲の本質を損なうことなく彼らの作法で新たに組み上げ、生まれ変わった名曲の数々は実に新鮮な聴き心地でリスナーの耳を刺激するはずだ。今回はNHORHMの3人にお集まりいただき、『New Heritage Of Real Heavy Metal』の成り立ちから収録曲の解説、この作品に込めた思いを語ってもらった。

NHORHM New Heritage Of Real Heavy Metal APOLLO SOUNDS(2015)

同じ世代の人とやりたかった

――メタルだけというよりはハード・ロックも含めた名曲を取り上げていますよね。もともと西山さんはそのあたりの音楽もよく聴いていたそうですが、今回このカヴァー・アルバムを企画された経緯を教えていただけますか?

西山瞳「このアルバムのディレクターとアニソン・カヴァーの話をしていたんです。アニソンのカヴァーはいっぱいあるものの、いくら演奏が良くても意外と印象に残っていなかったりするのですが、なかでもアニメタルUSAはインパクトがあって良かったなって話をしたら、〈メタル(のカヴァーを)やらない?〉という話になって。その時から、〈ベースは織原君〉とはずっと言ってたんです」

――それはどういう理由で?

西山「同じ世代の人とやりたかったんです。聴いてきたものが近いというか。ちょっと上の世代の人でロックを演奏できる人はいっぱいいるんですけど、ジャズ・ミュージシャンでも聴いてるものが違うと価値観が違うかなというのがあって。わりとインテリジェンスな作品が出てきた時からのメタルやプログレを通ってる人じゃないとたぶん一緒にできないなと」

――なるほど。時代的には今回カヴァーされているパンテラアングラあたりの80年代~90年代あたりになるんでしょうか?

西山「そうですね、90年代です」

――織原さんと橋本さんもだいたいそのくらいのハード・ロック~メタルを通ってきたと。

織原良次「僕は楽器を始めたきっかけが90年代のハード・ロックだったんです。ミスター・ビッグとかが人気のあった頃に始めて、その頃は『BURRN!』を読んだりしてましたね。完全に懐かしい感じです」

橋本学「厳密に言うと(西山、織原より)3~4歳ぐらい上なんですけど、楽器を初めて2、3年経った頃にミスター・ビッグが出てきて、そのコピー・バンドをやったりしましたね。個人的にはフュージョンばっかり聴いてたんですけど、周りは90年代のハード・ロックとか人気が出はじめていたニルヴァーナを聴いていました」

織原「ミスター・ビッグとかエクストリームは橋本さんの世代がど真ん中だと思うんですよ。メガデスにしても、3つ4つ下の僕らの世代だと物凄く流行っていたわけではなかった」

【参考動画】ミスター・ビッグの89年作『Mr. Big』収録曲“Addicted To That Rush”

 

橋本「ジェネレーション・ギャップが(笑)」

織原「僕らだと学校で目立つ人はハイスタを聴いてたりとか」

西山「あー、なるほどね」

織原「髪の毛の長い人は静かに『BURRN!』を読む、みたいな」

――パンクVSメタル的な。

織原「そうそうそう」

橋本「僕らが楽器を始めた頃はそれよりももうちょっと前で、ボン・ジョヴィとかガンズ(・アンド・ローゼズ)モトリー・クルーが全盛期で、そのへんはひとしきりコピー・バンドをやりました」

西山瞳

――やっぱり学生の頃の3~4歳の差は結構大きいので、微妙なギャップが(笑)。何はともあれ楽器に目覚めた頃に聴いていたものが近いと。

西山「楽器を始めた時の興奮みたいなものが、情報がいっぱいあるいまとはちょっと違うと思うんですよね。だから、カセットテープに曲をダビングして、そこから耳コピしてた時代の人たちでやりたかった」

織原「教則ビデオを擦り切れるまで観る、みたいな」

――選曲はすべて西山さんでやってらっしゃるんですよね? これはどういうポイントで?

西山レインボーは意識的に選んだんですが、90年代の楽曲だけだと狭いものになっちゃうので、なるべく古いものから新しいものまで幅広くしようとは思ってたんです。日本のメタルも1曲入れたいなとか、ざっくりとは思っていましたが、基本的にはメロディーが綺麗なものという観点で選んでますね」

――なるほど。そういう意味だとパンテラはちょっと意外性のあるチョイスですね。

西山「そうそう。でもパンテラは最初の段階から(収録したら)おもしろいかなって話してた」

織原「ぶっちゃけ、このアーティストの名前がいちばん大事だったんじゃないですか? 曲ももちろんですけど」

西山「そうそう(笑)」

――レインボーは……?

西山「メタルの元祖的なバンドということで、やっぱり入れておきたいなと。レインボーかブラック・サバスは入れようと思っていたんですが、個人的にレインボーのほうが好きなので。もともと私がメタルを聴くようになったのがイングヴェイ・マルムスティーンからというのもあって、そこから(イングヴェイが憧れたギタリストの)リッチー・ブラックモアを辿って聴いていったりしたから」

【参考動画】イングヴェイ・マルムスティーンの84年作『Rising Force』収録曲“Far Beyond The Sun” ライヴ映像

 

――そうなんですね。でもイングヴェイのナンバーは入れようと思わなかったんですか?

西山「録音したけど並べたら(バランス的に)上手く入らなかったんです」

――候補には挙がっていたんですね。

西山「でも、イングヴェイがカヴァーしていたからU.K.“In The Dead Of Night”を入れているんです」

――なるほど、そういうことでしたか! 勉強不足でした。なんでプログレのU.K.が入ってるのかな……と思ってたんですよ。

西山「1発目からメタルじゃない。私がイングヴェイにどハマリしていた時にイングヴェイがメタルのカヴァー・アルバム(96年作『Inspiration』)を出して、その作品に入っていた2曲を取り上げたんです」

――もう1曲はディープ・パープルの“Demon’s Eye”ですね。ほほー、イングヴェイのエキスがこういう形で入っているとは。

橋本「イングヴェイのファンが聴いたらわかる」

西山「SNSを通じて何人かに指摘されました」

――いやいやイングヴェイ事情に疎くてすみません。ディープ・パープルとレインボーが入っているから、単純にリッチー・ブラックモアが好きなんだな~としか思っていなかったです……。わかる人が見るとちょっとニヤリとしてしまうような仕掛けだったと。

西山「まあそうですね」

――全体的に、アレンジをする際に意識したことはありますか?

西山「私はメンバーが決まらないとアレンジできないところがあるので、このメンバーでやることを念頭に置いて……というのはありますね。あとは、なるべく各曲で毛色の違うものにできたらなというのと、1曲はベースでテーマを取るものも入れたいとか、そういうことですね」

――このアルバムで驚かされたのは、わかりやすいものもあるんですが、しばらく聴いていても原曲がわからないような楽曲もあったり、その美しい改編ぶりでした。

西山「(原曲とは楽器の)編成が全然違うし、パワーや速さでは勝てないので、別のアプローチでできたらなと。なのでメロディーがきれいなものを多く選んだんです。なおかつジャズ・ミュージシャンの体力みたいなものが見えたらいいなと思いました。ジャズ・ミュージシャンは他のジャンルよりも個人にかかる負担というか、その時にやることがとっても多いので、それが伝わらないと良いカヴァーにはならないと思って。そのうえで、(楽曲の)大事なところはちゃんと残すように、という点には結構時間をかけました」

――ああ、それはすごく伝わりました。いくらアレンジが加えられていても、原曲のツボというか、ここは外してもらいたくないというエッセンスはしっかり押さえられている印象です。

西山「それぞれの曲のなかでまずどこのパーツが大事かを考えて、そこは残して抜くところは抜いて、というふうにはしましたね」

――それでは、今回は1曲ずつこだわったところなどを訊いていきたいと思います。

 

◆U.K. “In The Dead Of Night”

【参考音源】U.K.の78年作『U.K.』収録曲“In The Dead Of Night”

 

――まず1曲目は、先ほどもお話しされていた通りイングヴェイもカヴァーしたU.K.“In The Dead Of Night”。これはものすごい原曲と聴き比べてしまったもののひとつで、曲のエッセンスが素敵に採り入れられているなと思いました。

西山「この曲は前からカヴァーしたい曲ではあって、これまでずっとトライしてきていたんですけどあんまりうまくいかなくって。でも今回〈これはやるときがきたな〉と思って意地でやりました(笑)」

――意地で(笑)。

織原「西山さんは今回の企画においては考え方をスイッチしてアレンジしていると思うんですけど、ジャズをやってる日常性に近いというか、西山さんの音楽性がシフトしている感じでもないんです。だから僕も普通にやったって言うとヘンですけど(笑)、大変だったところもありながらも、意外と(いつもと)違和感なくやってますね」

橋本「グルーヴが共有できたかな。ロックのグルーヴとジャズのグルーヴのいちばんの違いは疾走感なんです。流れる感じというか。そういうふうにしようという話はしていないけど、一緒に音を出した時にその流れるような疾走感を共有できた気がした」

織原「オリジナルのロックなサウンドにヘンに寄っていっちゃうと失敗する。そういう共通認識が確認せずともあって」

橋本「音を出した時にどうするといちばん気持ちいいかというのを、みんなが瞬間的に探りにいくんですよね。それが上手くスッと入れた」

――へぇ~、それはおもしろいですね。

橋本「これはすごくジャズ的な作り方かなとは思いますね。僕はロック・バンドを1年間やっていたんですけど、ひたすらリハーサルをやって、あーでもないこーでもないって譜面も使わないでやっていたんですよ。そういうのが辛くなってジャズのほうに……(笑)」

――そんなに違うものなんですね!

織原「ロックは良い意味で非生産的というか、ダメだ、ダメだ、ダメだってバンドを作っていくけど、ジャズは良い意味で適当なんですよ」

 

◆PANTERA “Walk”

【参考動画】パンテラの92年作『Vulgar Display Of Power』収録曲“Walk”

 

――これは直球のリメイクですね。

西山「パンテラはクレジットに〈パンテラ〉ってあるだけでおもしろいから(笑)、何かは入れようと思ったんです。(“Walk”の)こんなリフ、なかなか考えられないですよね(笑)。これは上に乗せているハーモニーを変えているだけなので、そんなに(原曲から)変えてない」

織原「もう原曲通りですよね」

橋本「でも僕らがやってる限りは原曲の通りには絶対いかないという」

【参考動画】NHORHM“Walk” ライヴ映像

 

◆RAINBOW “Man On The Silver Mountain”

【参考音源】レインボーの75年作『Ritchie Blackmore's Rainbow』収録曲“Man On The Silver Mountain”

 

――これもだいぶガラッと変わった曲のひとつですね。

西山「最初はレインボーの〈バビロンの城門〉とか“Stargazer”とか、ちょっと派手な曲がやりたかったんですけど、“Stargazer”は好きすぎて(カヴァーすることで)崩せないなと(笑)。私の好きなレインボーの最初の3枚を聴いていたら、メロディーがエキゾチックなんですよね。いまイスラエルのジャズが流行ってますし、そんな雰囲気にしようかなと思ってアレンジを始めて。びっくりしたのはヘンな変拍子なのに、1回目のリハで3人がバチッと合った(笑)」

【参考動画】レインボーの76年作『Rising』収録曲“Stargazer”

 

織原「音を出した時に〈この感じ!〉ってわかったのがこの曲。アレンジは難しいんですけど、3人がパッと合ったので〈これだ!〉と思って。すごくインパクトがありました」

橋本「僕は安直にやってる(笑)。安直にやったのがいい感じだった」

織原「難しいけどいちばん力を抜くことができるかもしれないね、こういうの」

橋本「僕らがいつもやってる、得意分野寄りの方向に行ったのかな」

織原「アレンジの妙ですね」

西山「やっぱり(アレンジは)人ありきなので。ウッド・ベースだったら絶対こんなふうにならないし。フレットレス(・ベース)で、しかもオリちゃん(織原)のように自由にやってくれる感じがないとがんじがらめになっちゃうアレンジですから。他のバンドでもそうですが、そのプレイヤーを考えて書いたアレンジは、他のバンドではほとんど演奏しません」

橋本「僕たちのプレイをよく聴いてくれていたというのが大きい。この人たちだったらこれかなっていうアレンジがズバッとその通りにハマった」

【参考動画】NHORHM“Man On The Silver Mountain” ライヴ映像

 

◆MEGADETH “Skin O' My Teeth”

【参考動画】メガデスの92年作『Countdown To Extinction』収録曲“Skin O' My Teeth”

 

――これは唯一のヴォーカル曲で、小田朋美さんが参加されています。

西山「この曲は、オリちゃんのリクエストで」

織原「世代的にと言っていいかわかりませんが、メガデスの『Countdown To Extinction』が当時すごく流行ってたんですよね。そしていつ聴いても良い。メタル・バンドにしては最強に音がいいバンドだから、いま聴いても良い音なんですよ。それで“Skin O' My Teeth”をやりたいと」

西山「インストでは厳しいかなと思っていたら、良い歌い手がいた」

織原「良い案でしたよね」

西山「入れて良かった思ってる。(小田は)録音物では英語の歌をほとんど歌ったことないと思うんですけど、とりあえず発音とかどうでもいいからいつもの感じで歌ってと伝えて」

織原「合ってますよね、彼女のキャラと。普段ジャズ・ヴォーカルをやっているような人だったら歌えないと思うんですよね」

――ヴォーカルが乗っているからかもしれませんが、今回のアルバムのなかでいちばんロッキッシュですよね。

織原「原曲通りですよね」

西山「ちょっとだけしかコードいじってない」

橋本「でも自分の演奏を聴いて思うのが、細かい16分音符が、こんなテンポなのに入ってて〈マジかよ……〉って(笑)」

――オープニングのドラム・ソロがカッコイイです!

橋本「とにかくたくさん叩く、とにかく音量を大きく、とにかくずっとテンション高く。この曲は絶対最後までテンション下げないっていう課題をもって臨みました」

――普段そんなにフルスロットルで叩くことはないんじゃないですか?

橋本「フルスロットルでやることはないですね。周りの音が聴こえなくなっちゃうから。だからこの機会に楽しくやりましたよ」