◆IRON MAIDEN “Fear Of The Dark”
――これは馬場孝喜さんのアコギが本当に良い仕事をしていて感動しました! 素晴らしいです。
西山「馬場くんは1歳違いで関西でも一緒にやってましたし、これまでずっと縁のある同志みたいなプレイヤーなんです。私と同じく昔すごいメタルを聴いていて、ホワイトスネイクをきっかけにギターを始めたということも知っていたから、絶対何かで参加してもらおうと思ってた。でも、(原曲と)同じようにエレキ・ギターを持たせてもインパクト的に絶対負けちゃうので、アコギでやってもらったんです」
――それが見事にハマりましたね。
織原「むちゃくちゃ良い曲ですよね」
西山「みんなで大合唱するの」
――ライヴではオープニングのギター・フレーズをオーディエンスがオーオー合唱したりするんですよね。
西山「その部分を入れたかったんですけどあえて外して別のところに入れて、もともとのメロディーの綺麗なパートだけ馬場くんに歌って(弾いて)もらったんです。すごくメタル好きの人たちから評判が良かった」

◆ANGRA “Upper Levels”
西山「アングラはディレクターからテクニカル系を真正面からやってというお題があったので、ものすごい探したんですよ。どうしてもギターが速いかドラムが速いか、プログレになるかとかで、〈テクニカル〉という意味が違うから、どうしようかなと思っていたところに、このバンドが浮かんで。彼らはブラジリアンなので、音もどこかブラジリアンなんですよね。メロディー・ラインが若干サウダージな感じだったりするのがおもしろいので、アングラにしようかなと。最新作(2014年作『Secret Garden』)のなかではこの曲がいちばん好きで、かついちばんテクニカル・チューンだったのでこれにしました」
――中盤の重厚感のある演奏をどうやるのかなというのがタイトルを見た時から気になってたんですけど、見事にカヴァーされていて。
橋本「やっぱりその中盤のユニゾンは難しかったですね。がんばった思い出がすごくある」
織原「普段、バキバキなユニゾンはあんまりやらないんですよ」
橋本「しかも変拍子の応酬みたいな感じだったので」
織原「それが単純に難しかった」
西山「どんどんパーツが変わっていくのと、ジャズとして勢いが上がっていくのとはまた違うので、そこを上手く折り合いつけるのが難しいですよね」
――基本的にすべて一発録りなんですか?
西山「もちろん。その中盤のところも、それぞれが思ったまま弾いていたら若干ズレていて、そこが原曲に近くなった(笑)」
――ああ、そうですね!
織原「僕もね、若干ズレてるから16分(音符)を1個減らして演奏してるんですよ」
西山「この部分については今度キコ・ルーレイロ(アングラのギタリスト)に会えたら訊いてみようと思って、譜面持って行って」
ディレクター「アングラの皆さんはこのカヴァーを大変気に入ってくれたそうです」
――そうなんですか! もう聴いてもらったんですね、すごい!
西山「びっくりした」
◆BABYMETAL “悪夢の輪舞曲”
西山「もともとベースでテーマを取るのに、ジェフ・ベックの“Diamond Dust”にしようと思ってたんですが、すでに他の人がやってたので止めたんです。“Diamond Dust”はジャズっぽい曲なので、その代わりの曲をと探していたら“悪夢の輪舞曲”がいいなと思って」
織原「ひねくれてるんですよね(笑)。もともとジェフ・ベックの曲を入れようとしていたけど、他の人がやってるとわかったらこっちを持ってくるという」
橋本「でもBABYMETALの曲があるおかげで聴いてくれる人がいるだろうし」
西山「それはそうですね」
織原「僕は(BABYMETALのことを)全然知らなかったんですよ」
西山「BABYMETALは、名前は知ってるけど聴いたことがなかったのでYouTubeでいろいろ動画を観ていたらバンド(神バンド)がすごく巧いことにびっくりして。〈このバンドは誰なんだろう?〉ってそればっかり気になって見ていたらだんだんハマっていったんです。ミイラ取りがミイラになった感じ(笑)。なかでもこの曲は真正面からちゃんとメタルやってる感じで硬派だし、メロディー自体がきれいだから選びました」
――この曲ではテーマを織原さんが取られていますが、いかがでしたか?
織原「僕、譜面読むのがめちゃくちゃ遅いんです。このキーはBマイナー?」
西山「E♭マイナーで♭が6つ付いてる」
織原「譜面は全然読めなかったんですけど、いざ弾いてみたら素直でストレートな曲なんです。だからフレットレス・ベース冥利に尽きるというか、フレットレスを弾いていて良かったなと思える曲ですね」
橋本「僕としてはこの曲は難しくて、ビートを刻んでいるとわりとナンセンスなショットが多いんですよね。だからどういうアプローチをしようかなって思って試行錯誤したらやっと上手くいった。あとパーカッションを1か所使っているんですが、それでワンアクセント付けられて良かったですね」
西山「この曲はジェントを踏まえて作られているので、リズムの引っ掛けみたいなところをメインに聴いてると思うんです。最初はそういうアプローチでアレンジしようかなと思ったんですけど、メロディーの綺麗さのほうが勝っちゃうからそれに特化してやろうかなと」
◆DEEP PURPLE “Demon’s Eye”
――こちらもゲストありのナンバーで、トランペットの市原ひかりさんが。
西山「市原ひかりちゃんが〈おもしろそうやから私も入りたい〉みたいなことをチラっと言ったので、ひかりちゃんのジャズ力を活かせる曲をと思って入れた感じなんですよ。でもこれはもうそのまま“Summer Time”だから、ジャズのスタンダードと変わらない」
――そうですね、“Demon's Eye”というより“Summer Time”というか(笑)。
織原「普通にハード・バップですよね(笑)」
橋本「ストレートなジャズっていう感じ」
西山「半音ずつ上がっていくのはイングヴェイがカヴァーしたヴァージョンと同じです」
――そこにもオマージュが!
◆西山瞳 “The Halfway to Babylon”
――これは完全にオリジナルの楽曲ですよね。このアルバムのために作られたのでしょうか?
西山「はい。ジャズでカヴァー・アルバムを作るならオリジナル、オマージュ的な楽曲を入れるのがマナーとしてあるというのと、私はこれまでずっとオリジナル・アルバムをリリースしてきているから、流石に(オリジナルが)1曲もないのはアレかなというのもあって。こういうアルバムだし、あまり自分のテイストを押し出しても合わないので、それこそイングヴェイがよくやっていた、スケールだけを使った曲を書こうかなと。リッチー・ブラックモアにものすごく影響を受けているイングヴェイが、レインボーの〈バビロンの城門〉と同じスケールでアドリブする感じ」
――なるほど! それがタイトルにも表れているわけですね。そういう曲の成り立ちについてはお2人にも共有されていたんですか?
織原「そうですね。他に2曲、イングヴェイの曲とディープ・パープルの“Highway Star”が候補にあって、それも良かったんですけど、たまたまオリジナル曲を録音した時の演奏が良かったんですよね」
ディレクター「最後に録ったんじゃないかな?」
織原「そうでしたね、だから入れようとは思っていたと思うんですけど、優先順位的には実はそんな高くなくて」
ディレクター「みんながのびのびやってた」
橋本「ライヴでやったときも良かった」
――それ、動画で観ました。橋本さんがものすごいソロを叩いている……(笑)。
橋本「あれがいちばん僕のなかで盛り上がってた(笑)」
西山「ざっくりしてるほうがジャズは楽しくできるので」
◆MR. BIG “Green-Tinted Sixties Mind”
――最後の曲は、皆さんのルーツにあるというミスター・ビッグ。
西山「この曲は(同世代の人なら)みんな何かしら思い出のある曲だと思うんですよね。最初のリフはギターをやっている人がみんな練習していたようなフレーズだから入れたかったんですけど、入れるとなるとピアノ・トリオだとちょっと限界があるかなと思っていたところに橋爪亮督(サックス)が入ってくれることになって」
――ほうほう。
西山「この曲にある独特の〈時代〉感を出したくて。ヘンに洗練されすぎずにペンタトニックだけを(橋爪に)吹いてもらって」
織原「これは確か全然違うリフを考えてたんですけど、橋本さんと意見交換して作ったら良くなったんですよね。サックスが乗っかるのにちゃんと設計されてる」
橋本「相当設計したかもね。あと、イントロの〈シュワ~〉ってやつで絶対笑いを取りたくて、原曲のタイムでやったらおもしろくないけど、ゆっくりシュワ~ってやれば笑ってもらえるかなと」
――文字にするとわかりづらいかもしれないので、ぜひ聴いてほしいです(笑)。
西山「あれはわかってる人が聴けば笑う(笑)」

メタル方面にもジャズ方面にも納得してもらえる筋の通った作品になるように
――お話を聴いていると、いつもと勝手が違って難しい部分もあったかと思いますが、そういうところもむしろ楽しみつつ、肩の力を抜いて臨んでいらっしゃったようにお見受けしました。
織原「あんまり(普段と比べても)違和感がなかったからですね。いわゆるジャズというフォーマットでちゃんと翻訳されていたので。メタルという切り口がピアノ・トリオとしてはかなりレアだったけど、やっていることは素直なジャズで、ちゃんとジャズ業界にもオマージュできていると思いました」
橋本「ジャズと他のジャンルとの壁はあまりないと思ってるんです。僕はジャンルの際(きわ)にあるような音楽が好きなので、これはメタルだから、これはジャズだから、みたいな枠組みを全然意識していない」
織原「そうですよね。僕もメガデスの音がいいなって思えば、ポップスやフュージョンを聴く耳で聴きますもんね。あんまりそういうのは関係ない」
西山「このプロジェクトを立ち上げてアレンジなどを考えていくなかで、一般的にすごく(ジャンルの)区分けというか偏見がすごくあるんだなというのを感じました。私たちくらいの世代のジャズ・ミュージシャンだとジャンル関係なく〈良かったら聴く〉みたいな感じなので、そういう区分けの意識はあまりないんですけど。ジャズは難しそうだから聴いてないという人は、きっと〈昔ながらのジャズ〉的な区分けをイメージしていると思うので、このアルバムを機にそんな難しいものじゃないよ、というのが伝わったらいいなと思うんです。今回すごく気を付けたのは、雑貨屋で消費されるような〈お洒落な〉カヴァー・アルバムは作りたくないということでした。BGM的に聴く人がいてもいいけど、メタル方面にもジャズ方面にも納得してもらえる筋の通ったものになるように意識して」
――そういう意識はすごく感じました。
西山「どうしてもジャズって、ちょっとお洒落なイメージで消費されていくじゃないですか。でもそれだけじゃないっていうところをちゃんと伝えないと。ただ〈こうやったらカッコイイかな〉でやるんじゃなくて、どういうことをしたいかという明確な意思を持って臨んでくれるミュージシャンだったからこそこういう作品が出来上がったと思う」
織原「ジャズ・ミュージシャンは器用な人が多いから、そういう人にカヴァー曲をお願いしたりすると、原曲とは違う答えを求めちゃいがちだと思うんですよね。そこをもっとニュートラルに関われるような」
橋本「僕なんかはアレンジがすべてだと思って臨んだので、そのアレンジがおもしろく聴こえるように叩こうとしか思ってないです」
西山「個人的な話なんですけど、この半年ぐらいで、それこそMikikiのキャラソンのレヴュー(連載〈架空のJ-Pop考〉)をやったりとか、ジャズ以外のところに首を突っ込むのって楽しいんですよ。狭いところで詰めてくのもいいんですけど、いっぱい知ることは大事だということをすごく思いました。ジャズもメタルも、わりと狭いところに留まってしまっているので、他のジャンルに興味を持つきっかけになったらいいなというのがすごく伝えたいところです」
――そうですよね。両方のファンにきちんと目配せしているアルバムだと思いますし、そういう意味では最適なアルバムだと思います。
橋本「マーティ(・フリードマン)さんのコメント※を読んで……」
※『New Heritage Of Real Heavy Metal』を聴いてのコメント。詳しくはこちらで
西山「結構ショックだったんですよ」
――〈ジャズの演奏者はメタルを音楽として認めてくれない〉と。そういう意識があるんですね。
西山「絶対あると思いますよ」
橋本「ジャズ・ファンっていうのは、ジャズ・ミュージシャンもそうなんですけど、だいぶ昔からの流れでいくと、どこかで〈俺、ジャズ聴いてて偉いだろ〉っていう思いを抱きがちなんですよ。僕はそれが大っ嫌いで」
西山「(ジャズは)勉強してこそ楽しめるジャンルではあるから、そのプライドもあるし、自分はハイカルチャーなものに触れてるから偉いって、ジャズの人は思っちゃうところがあって。みんな一緒に楽しんで尊重し合ってやったらいいやんって思うんですけど」
橋本「お互いが心を開いたらマーティさんもこんなこと言わないわけだし」
西山「たぶんメタル好きな人もジャズ好きな人もピュアなんですよ。好きなジャンルに対して意識が高い人たちだと思う」
――そうですよね。
橋本「ルーツが違うのは事実だし、それを互いが尊重したらいいと思う。お互いに〈カッコイイじゃん〉って認め合えばいい」
西山「私たちがマーティさんをめっちゃリスペクトしてるっていうことをね。それがなかったら楽器始めたりしてない人が山ほどジャズ・ミュージシャンにもいるので、そのリスペクトの気持ちは絶対汚したくない」