スイス人ピアニスト、ニック・ベルチュは3つの活動形態を使い分ける。ソロ、ZEN-FUNKと称したフレキシブルな音楽性のRONINとRITUAL GROOVE MUSICと表した完全アコースティック・プロジェクトMOBILE。4年ぶりの新作、MOBILEとしては実に13年ぶりのリリース。合気道を嗜み、その精神性を自身の音楽にも反映させる。プリペアド・ピアノなどを用い、およそノン・エレクトロニクスとは思えないような独自の奏法による音響と、テクノやポスト・ロック・リスナーにもドンピシャなストイックなまでのミニマリズムが粛々と繰り広げられれば自然と背筋も伸びる。
ライヒ以降のポピュラーミュージックの作家という意味で、注目していたこのピアニスト/作曲家だが、この新作で披露する作品もエチュードのようだ。それは彼自身がECMでリリースしてる作品のほとんどすべてが、モジュールと呼ばれる作曲の連作だからだが、作品が固有の名前を失うと個々の作品は、作家の活動の全体を構成するモジュールに過ぎないというような素っ気ないことではなく、持続する活動の中でそれぞれのモジュールは差別化を余儀なくされ、作家は差別化の虜となり作品の生成はやがて自律する。その喘ぎなのか、一曲目にクラーヴェのアンサンブルにプリンスの《サイン・オブ・タイムス》のエコーが聴こえた。