ミネラル不足のあなたに、日々の美とビビオの潤いを

 その年を代表する美的体験を仕掛けた『Silver Wilkinson』(2013年)の成功も記憶に新しいビビオ。その後には日本でのみCD化された〈外伝〉的な『The Green EP』があり、昨年にはマッシュ時代のファースト・アルバム『Fi』が10周年の節目にあたってワープからリイシューされてもいた。その『Fi』を出した頃はビビオといっても好事家の間でのみ留まる存在だったことを思えば、その名はまだ着実に広がりを見せている段階と言ってもいいだろう。

 一方で興味深いのは、知名度を上げても彼の作風がパーソナルな側面を損なわないということだ。それも閉鎖的ではなく、ある種の牧歌的な雰囲気を纏いながら、それでも極めて開かれた形で。以前のように多くのリミックスなどを引き受けることもなく、近年の彼はほぼ自身名義の作品にのみ集中している。本人いわく「休みなく曲は作っている」とのことだが、マイペースな制作環境に身を置いていることが、作品の開放感にも繋がっているのかもしれない。『A Mineral Love』は、そんな男から3年ぶりに届いたフル・アルバムだ。

BIBIO A Mineral Love Warp/BEAT(2016)

 まず着目されるのは、ゴティエオリヴィエ・セイント・ルイスのヴォーカル参加だろう。“Somebody That I Used To Know”のリミックスで縁のできた前者とのアコースティックな“The Way You Talk”は多くの人が期待する通りだったろうが、オリヴィエを招いた“Why So Serious?”は80年代ブラック・コンテンポラリー作法の流麗なナンバー。それこそオリヴィエが歌っていたオンラーエリック・ラウらの楽曲にも通じるものだ。アルバム全体の印象も大雑把に言ってしまえば、従来の抽象性をやや引っ込めてソング・オリエンテッドな色合いを増し、意匠面では明快にソウル/ファンクの影響を出してきた作品、ということになる。

 なお、リリース前に本人がSpotifyで公開したプレイリストでは、ジョニ・ミッチェルの“Edith And The Kingpin”やスティーヴィー・ワンダー“Tuesday Heartbreak”のような定番と共に、チェンジの“You Are My Melody”や、BB&Qバンドの“Genie”、アレクサンダー・オニールのスロウ“Sunshine”などが並んでいた。それがほとんど答え合わせのようだとしても、そうした注釈そのものが大事なのではない。本人は「今回エクスペリメンタルな音をそこまで使わなかったことに特別な意味はない」と話す。

 「全体としてはポップ/ソウル/ファンク/ディスコ・レコードだよね。齢を重ねるごとにどんどんソングライティングにハマって、よりキャッチーでカラフルでありながら知的な曲を作りたいと思うようになったんだ」。

 実際は『Silver Wilkinson』よりも前に作られたトラックも収録されているそうだから、彼が変化したというよりは、もともと内包していた嗜好が表立って出てきたということでもあるのだろう。

 「アフリカン・アメリカンのミュージシャンたちは世界を変えたし、彼らは大きなスケールでUKの音楽に影響を与えた。ブラック・カルチャーというのはバックグラウンドや民族性を超えた多くの人々にとって人生の一部だと思うし、音楽やファッションに関しては特にそうだろう。個人的な意見としては、20世紀のベスト・ミュージックのほとんどがブラック・アメリカから来ていると思うんだよね。僕はそれを、すべての人類を結びつける世界共通語として聴くんだ」。

 楽曲のテーマや意図、リリックの意味などについて、言葉を尽くして説明しようとはしない彼だが、この言葉から推し量れば、ビビオ自身の音楽もまた〈そういうもの〉であろうとしているということだ。そしてそのポテンシャルは『A Mineral Love』の内に封じ込められている。