かつて〈誰もがリサ・ハニガンと恋に落ちる〉とキャッチを付けたのは、リサの母国・アイルランドのアイリッシュ・エグザミナー紙だが、ニュー・アルバム『At Swim』では、愛しい彼女の揺れて動く感情に同調したり、翻弄されたり。それでも惹かれずにはいられない。恋する時間は終わり、より深い繋がりを求めている自分を発見する。

ダミアン・ライスの初期作で麗しい歌声を聴かせていたリサがダミアンと別れ、ソロとして歩みはじめたのは2008年の『Sea Sew』からで、同作はイギリスで最高権威とも言われる音楽賞〈マーキュリー・プライズ〉にノミネート。2011年には2作目『Passenger』をジョー・ヘンリーのプロデュースの下に完成させ、翌年にはヘンリーと共に来日公演を行ったが、そのステージを観た私は、まんまと恋に落ちた。ころころと楽しげに歌う彼女も、想いを抱きしめてしっとりと歌い上げる彼女も、とにかく美しく、凛々しく、聡明で、何ものにも染まらない無垢さと強い意志を備えているように見えた。

そんなリサが5年ぶりに届けてくれた新作は、いまやUSインディー・ロック・シーンのキーパーソンの一人となった、アーロン・デスナーナショナル)が彼女に惚れ込んで実現したコラボ作だ。過去作で見せていた少女性はすっかり影を潜めて、35歳になったリサがあるがままの姿でここにいる。凛として聡明な佇まいは変わらないが、そこにエレガントで、ムーディーで、甘美でミステリアスな妖艶さも湛えている。〈迷いや放浪、困惑といった感情についてのアルバムなの〉と彼女は言う。〈だからこそ書くことが難しかった〉と。その難しさを克服して得た世界のなかで、彼女は一層自由に振る舞い、より深遠なる部分に私たちを誘うのだ。また彼女は、今夏日本でも公開になったアニメーション映画「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(第87回アカデミー賞長編アニメ映画賞ノミネート)では劇中歌を歌うだけではなく、主要キャラクターの声優も務めて、新境地を拓いている。そんなリサに話を訊いた。

LISA HANNIGAN At Swim PIAS/HOSTESS(2016)

このレコード全体が、迷いや放浪、困惑について描かれているの

――いまはアイルランドにいらっしゃるんですか?

「いいえ、ロンドンにいるわ」

――ロンドンに引っ越されたんですよね?

「引っ越したことはないの。ただ、来る機会は多いわね。仕事の都合で、ロンドンとアイルランドを行ったり来たりしているのよ。1年で過ごすのは半々くらいかしら」

――なるほど。その年半分の慣れないロンドンでの暮らしでホームシックになり、スランプに陥っていたと聞いたのですが。

「そうよ。いろいろと大変だった。曲がなかなか書けなくて、それが何よりも大変だったわね。ロンドンでは孤独だった。10年も住んでいた家を出ないといけなかったのも寂しかったしね」

――音楽は、時にそうした孤独や寂しさから人々を救い出してくれるものであるとも思うのですが、あなたが抱えた孤独は、音楽や、あるいは音楽を作ることに癒してもらうことはできなかったのでしょうか?

「普段はそれがすごく簡単にできるの。でも、書けないこと自体が苦になることもあるのよね。そこからまた1か月後なんかに良い曲が書けた時は、本当に素晴らしい瞬間なの。窓がパッと開いて新鮮な空気が入ってくる感じ。だから、音楽はどちらにも成り得るのよ」

――スランプの時期に、アーロン・デスナーが連絡をくれたと聞きました。彼から最初に連絡をもらった時点で、あなたは彼が携わっているナショナルやその他のプロジェクトに関して、どの程度認知していましたか?

「いろいろ乗り越えている時期に、彼から〈一緒に曲を書かないか?〉とメールが来たの。行き詰まっていたから、声を掛けてもらって本当に良かった。それで連絡を受けてすぐに、メールでやり取りをしながら書きはじめて、その結果2、3曲が出来上がったの。プロセスはスムースで、勢いもあった。彼の音楽はもともと大好きだったわ。彼のバンドの音楽ももちろん好きだったし、彼が手掛けたルールクディス・イズ・ザ・キットの作品も好きだったけど、実は、初めはそのレコードを彼がプロデュースしたとは知らなかったの。素敵な偶然だったのよ」

アーロンがプロデュースしたルールクの2014年作『Passerby』収録曲“Without A Face”
アーロンがプロデュースしたディス・イズ・ザ・キットの2015年作『Bashed Out』収録曲“Bashed Out”(コラムはこちら
 

――最初にアプローチがあった時点で、アーロンにはあなたとやりたい音楽の青写真があったのでしょうか? 何か具体的な話はされましたか?

「それが絶対というわけではないのだけど、温かい音楽と、私のヴォーカルから生まれるメロディー、というのはあったみたい。結果的に全体がそうなったわけではなかったけど、最初のアイデアはそれだった」

――『At Swim』にスランプの影響が反映されているとしたら、それはどんなところでしょう? それまでは気付いていなかった自分の内面を発見し、それが反映されたようなことはありましたか?

「レコード全体が迷いや放浪、困惑といった感情について描かれているの。だからこそ、曲を書くのが大変だったのよ。内面というより、気付いたのはロンドンとダブリンの違いね。ダブリンは友達に会うのがすごく簡単なの。ライヴに行けば20人くらいの友人に会うし、道を歩いていても8人くらい偶然に会ったりする。でもロンドンって広いでしょ? だから友達に会いたければ、(会えるようにみずから)オーガナイズしないといけないのよね。誰がどこにいて何をしているかを把握しないといけないし、社会に適合するのがダブリンと比べてすごく大変なの。ロンドンで暮らしはじめて、それに気付いたわ」

――では、ロンドンに移住したいとは思わないですよね(笑)?

「ノー。思わないわ(笑)」

――もし住む機会があるなら、住んでみたい街はありますか?

「実は、前回ジョー・ヘンリーと一緒に日本へ行った時に、本当に素晴らしい時間を過ごしたの。食べ物も最高だし! でも、まず言葉を学ばないといけないわね。ミュージシャンはいろいろな場所を旅することができるからいいんだけど、やっぱりホームはダブリンよ」

 

母親もそうだし、アザラシになった経験もないから難しかったわ(笑)

――アーロンとの作業は遠距離のまま始まったようですが、実際にお2人が対面したのは作業を始めてどれくらい経った時で、また、その時はお互いすんなりと打ち解けることができましたか?

「ほとんどがメールのやり取りだったのよね。これまでそんな作業はしたことがなかったけど、楽しかったわ。実際に彼と会ったのはコペンハーゲンで、連絡を取りはじめてから何か月も後だったんだけど、アーロンがたまたまコペンハーゲンにいたから実現したの。実際に会えたのは良かったわね。彼との作業はすごく楽だったし、スムースで自然だったわ。お互い気が合ったのよ」

――前作のプロデューサーであるジョー・ヘンリーやアーロンは、自身もソングライターであり、ミュージシャンであるという点で共通していますが、あなたから見た2人は、それぞれどんなタイプのミュージシャン/プロデューサーですか?

「ジョーもアーロンと同じくらい素晴らしいわ。彼は、私が世界でもっともお気に入りの人物の一人よ。ジョーは素晴らしいソングライターであり、作詞家でもある。すごく良い耳を持っていて、音と音の間に素晴らしいスペースを作り出すの。アーロンも、もちろん素晴らしいソングライター。彼は音の質感に対して良い耳を持っているの。あとは……ごめんなさい。私、人と人を比べるのって苦手なの(苦笑)。2人の人間のことを同時に話すのはあまり心地良く感じないのよね」

日本で撮影されたジョー・ヘンリー&リサ・ハニガンのパフォーマンス映像
 

――わかりました。では、どちらからこれを学んだかを分けなくていいので、彼らと一緒に仕事をしてみて学んだことや得たこと、また、どんな楽しさや苦労があったかを教えてください。

「作業の一つ一つからいろいろと学んだわ。自分が書いた曲を、他の人のアプローチで聴くのはおもしろかった。彼らは、私の普段のアプローチとは違う方法で私の曲を聴くから。私は2人の曲が大好きだし、彼らのフィルターを通して自分の音を聴くのがすごく嬉しかった。楽しかったのは、やはり一緒に音楽をプレイすることね。何を制作するにしても、それが常に一番エキサイティングな作業だと思う」

――新作にもジョー・ヘンリーとの共作曲“Fall”が収録されていますが、これは前作のレコーディング時に書いたものですか? この曲を入れた経緯を教えてください。

「私が音楽を書けなくなっていた時期、ジョーに〈歌詞を書いてくれない?〉とメッセージを送ったの。その時の私は壁にぶち当たっていたのよ。そしたら彼が、素晴らしい歌詞を書いて送り返してきてくれた。おかげで曲作りが楽になったわ。ジョーの歌詞に合わせて曲を書きはじめると、すごくスムースに曲作りが進んだの」

――本作を最初に聴いた時、『Sea Sew』や『Passenger』とはガラリと変わったムードに驚き、そして引き込まれました。私には深遠で、どこか神秘的で美しく、強さと儚さが交錯した音楽に聞こえます。前作での奔放でキュートな少女性はすっかり影を潜めた感じで。あなたのなかで、本作では過去作にはなかったものを表現したいという気持ちはありましたか?

「その変化は自然に起こったことよ。それをあえて表現したいと思ったわけではなくて、私自身も前回より歳を重ねているし、ただレコードを書いた時期が違うというだけ。それが反映されているのよ。曲を書く時は、その時に感じていることを表現することしか考えていない。毎回すごくパーソナルなの」

2011年作『Passenger』収録曲“Knots”
『At Swim』収録曲“Prayer For The Dying”
 

――本作の制作中、あなたのインスピレーションやモチヴェーションの助けになったものがあれば教えてください。音楽、映画、本、出来事、何でも結構です。

「シェイマス・ヒーニーの詩をたくさん読んでいたわ。そのおかげでスランプから抜け出せたのよ。“Anahorish”の歌詞にも出てくるの」

※1939年生まれの北アイルランド出身の詩人。95年にノーベル文学賞を受賞した。2013年に死去

――その“Anahorish”は、息を飲むほどに美しく感動的な曲ですが、ここで引用されているヒーニーの詩のどんなところにあなたは惹かれ、このような形で歌おうと思ったのでしょう?

「このレコードを書いている間は小説よりも詩をたくさん読んでいて、歌詞を考えるうえですごく助けになった。惹かれた理由は、内容と私の感情に通ずるものがあったから。さっき話したような迷いの感覚や、家に対する思いもそう。そういった部分が心に響いたの。アイデアは、この詩を読んでいて思いついたわ」

――本作においては、あなたの歌唱もこれまで以上に繊細さや大胆さを見せてくれているように思います。自分の声の可能性については、まだまだ発展途上の部分があると思いますか?

「今回は自分のヴォーカルを楽器の一つとして使いたかったの。サウンドと一体化させるというアプローチで臨むのは新しかったわね。今後も新しい可能性にはチャレンジしていきたいわ。歌うことはすごく楽しいし、歌は自分自身が演奏できる楽器の一つだと思ってる。私、歌うのが本当に大好きなの(笑)」

――プレス・リリースには、〈ソロになってからは意図的にハーモニーを封印していた〉と書いてありましたが、本作で積極的にハーモニーを採り入れたのは、あなたのなかで、ダミアンとのことに折り合いがつけられたということでもあるのでしょうか?

「ハーモニーを封印したことはないわ、何かの誤解だと思う。ハーモニーは大好きだもの。前のレコードよりも今回のレコードのほうが多いというのは確かだから、そう思ったのかもしれないわね。ダミアンとは無関係よ(笑)」

――そうなんですね。では、ハーモニーが音楽にもたらすものは、ズバリ何だと思いますか?

「ハーモニーが加わることで、音がリッチになる。時にはまったく使わないほうがいい時もあるし、あえてそれをやる時もあるわ。でも歌う時はいつも無意識に出てくるの。それが自然に聴こえる限り、ハーモニーはあるべきだと思う。だから、大抵の場合は使うわね」

――ところで、日本では先日、映画「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」が公開になりました。絵も物語も美しく可愛らしく、そして自然への畏怖をも感じさせる素晴らしい作品だと思います。あなたは作中で、歌うだけではなく声優としても参加していますが、声優の仕事をしてみていかがでしたか? 自作自演の歌手とはまるで違うスタンスではないかと思うのですが。しかも母親の役となると、母親経験がない者にとっては相当のチャレンジなのではないでしょうか?

「初めての挑戦だったから、やりがいがあったわ。容易ではなかったけど、本当に素晴らしい経験だった。製作陣も才能ある人たちばかりだったし、私自身もあの映画が大好き。すごく不安でもあったけど、あの作品の一部になれたという達成感は大きかった。すごく嬉しかったわ。演じるって大変よね、母親だけじゃなくてアザラシにもならないといけなかったし。アザラシになった経験もないから、難しかったわ(笑)。でも、本当に楽しかったの。また機会があったら挑戦したいな」

※リサは映画の主人公・ベンの母親でセルキー(アザラシの妖精)でもあるブロナーを演じている。日本語版では同役の吹き替えと、リサが歌っていた主題歌の訳詞/歌を中納良恵EGO-WRAPPIN')が担当

リサが歌う「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」主題歌“Song Of The Sea”(映画の紹介記事はこちら
 

――アイルランドの伝承話に基づく映画に関わる仕事をし、アイルランドを離れて暮らす経験もしたあなたは、故郷のアイルランドに対して、これまでとは違う想いを抱いたり、新しい発見をしたり……というようなことはありますか? また、あなたにとってのアイルランドとは?

「アイルランドは、一番落ち着ける場所。一番〈ハッピー〉という言葉が適しているかどうかはわからないけど、とにかく、〈家〉と感じられる場所よ。いろいろな場所を旅しているし、それぞれの街にも良いところはたくさんあるけど、ふとアイルランドが恋しくなるの。特に、アイルランドの人々が恋しくなるのよね」

――先ほども話に出ましたが、2012年の来日から4年。あの時の来日ではジョー・ヘンリーと共に、東京だけでなく地方都市も回りましたが、何か思い出に残っていることはありますか? 日本という国に、どんな印象を抱きましたか?

「そうなの、いろいろな場所を回ったのよ。みんな歌詞を覚えていてくれたりして、どの場所でもショウが本当に楽しかった。みんながあんなに愛らしくて、フレンドリーで、明るいなんて予想してなかったの。田舎の景色にも感動したわ」

――次回来日の際には、単独のフルセット・ショウでたっぷり歌を聴かせてください。

「すぐ実現するといいんだけど……また日本に行きたくて仕方がないの! 4年は長いわ。レコード作りに時間をかけすぎたわね(笑)」