連載

【BO NINGENの人生一度きり】第33回(後編)/最終回 極限まで自分を追い込んだ日本での夏―いよいよ人生最高の〈フジロック〉へ

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7月24日:BO NINGEN @フジロック最終日/お客さん編

演奏が終わっても、僕達の白昼夢状態は醒めなかった。プリンスホテルに戻ってのインタヴューや撮影も、不思議に細部まで事細かに覚えている。

プレスエリアでの演奏後のコメント動画
 

そしてそのまま、お客さんに戻って、
ROBERT GLASPER EXPERIMENTBABYMETALEXPLOSION IN THE SKYRED HOT CHILI PEPPERSBATTLES電気グルーヴ
を観た。

この日は演奏後、本当にたくさんの方に声をかけて頂き、一緒に写真を撮って貰った。その様子がTwitterにあがる度に、我々のマネージャーが〈BO NINGEN GO!〉と次々にリツイートしていく様も面白かった。

電気グルーヴのアンコールが終わり、〈Green Stage〉が閉まると、どんどんと寂しさが襲ってきた。


7月25日:OFF

結局、その日のうちに友人の車に乗せてもらうことになった筆者だったが、サービスエリアでまったりしすぎたり、渋滞に巻き込まれたりで、東京の実家に着いたのは翌朝10時頃になっていた。

仮眠を取り、ゆっくりと過ごした一日だったが、出先から最寄り駅に着き、実家まで歩く際に、また涙がボロボロ出て止まらなくなった。
僕は幸せものだなと、思った。

 

7月26日:BO NINGEN/KISEKI @新代田FEVER

二日たっても白昼夢のモヤは消えない。この日は 〈BO NINGEN & Friends〉と銘打った、友人達を招いたフジロックお疲れ様会である。

この日はYuki以外、2セットずつの出番。
Mon-chan + JUNYA ISHII
KOHHEI MATSUDA + 伊東篤宏
KISEKI

この日のKISEKIはとにかくエモいライヴになった。一番曲っぽい曲にもなったし、歌詞も一番ストレートなものが出てきたように思う。一緒に過ごした時間を含め、今回の夏の思い出の70%ぐらいは食品まつりさんが占めています。本当にありがとうございました、そしてロンドンで待っています。 

それからBO NINGENとしてのセット。
遊びに来ていたドレスコーズ志磨君が、サプライズ・ゲストとしてヴォーカル参加したSUICIDE“Ghost Rider”のカヴァー。志磨君と共にアラン・ヴェガの追悼ができて幸せである。

スーサイド“Ghost Rider”のライヴ映像
 
志磨君ほんとうにありがとう!

 

7月27日:Taigen Kawabe @月見ル君想フ

前日もあんなにエモく終わったのに、実はまだもう1ライヴあったのだ! この日はロンドンへの帰国前日、言うなれば仮出所最終日である。ライヴ前に荷物のパッキングを多少行ってから会場入り。

この日は僕が10代の頃から敬愛するdowny青木ロビン氏、People In The Box波多野君、そして僕を含めたこの3組が発表された際に「なんで僕がいないんだ!」とTwitter上で僕とプロレスを繰り広げたTHE NOVEMBERS小林君も無事ブッキングされて、なんとも強烈なバンドのフロントマンのソロ×4というイヴェントになった。

正直、帰国前日ということもあって出演オファーを頂いた際に相当迷ったのだが、このメンツで帰国前日だとか〈フジロック〉後とかいう言い訳で断るのはナンセンスである。

まず初っ端、小林君のソロ2曲目で僕の涙腺が崩壊する。
〈フジロック〉以降の僕の涙腺はもちろんザルなのだが、そんなことは関係なく小林君の純粋な歌が聴ける弾き語りだと、バンド・セット以上にどストレートにグザグサ刺さってきた。正直、逃げられなかった。

そんなライヴを観た後、即興のベース弾き語りは何回もやっているが、この日のメインは歌に決めた。小林君のソロ・セットと、本番前に行ったロビンさんとの対談で話題に上った、ヴォーカリストの声についての会話の影響もあったかもしれない。

最初に歌う一音目から少し涙で震えていた。この日が今回の一ヶ月20本ライヴの千秋楽でもあるし、帰国前日はただでさえエモくなるのに、フジロックの白昼夢からも抜けていない。この夏の思い出を噛み締めるように、大事に一音一音歌って弾いた。

青木ロビンさんのソロ・ライヴを観るのは初めてだった。前記の通り、バンドのフロントマンとしての濃い対談を終えた後である。downyの時よりも数倍浮きぼりとなる、ソウルフルなヴォーカル。説得力が半端なかった。最後の曲はまさかの友人への鎮魂歌。

そしてトリは波多野君のステージ。他の二人とは違って初対面だったのだが、水のように入ってくるパフォーマンスであった。

「今回のメンバーは濃ゆいといいうか。Taigenくんとは初めて会ったんだけど、音楽を聴いただけでどういう人生を送ってきたのかがわかりますよね。もちろん小林くんもロビンさんも。僕は? わからないでしょ。わかってたまるかw!」(twitterのお客さんのMC文字起こしを拝借)

MCではこう言っていたが、僕も波多野君という人が少し分かる素敵なライヴだった。その後は4人でdownyの“猿の手柄”を演奏。僕達後輩3人衆が、ロビンさんにFacebookのグループチャットでゴネた結果、ロビンさんが折れる形でこの曲になった。

downyの2001年作〈第1作品集『無題』〉収録曲“猿の手柄”
 

好きな曲を本人のヴォーカルで、さらに小林君と波多野君と一緒に演奏できて、今回の滞在における最後の曲としては最高すぎる一曲だった。

これにて今回の日本滞在の話はおしまいです。この長文を最初から最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。他人のガチ日記をじっくりと読んでしまったかのような背徳感を感じられていたら本望です。そして、今回の記事で新しい日本の音楽に出会えていたらもっと幸せです。

僕にとっては年に一回あるかないかの日本の現場ですが、日本の皆様は音源もすぐに買いにいけますし、ライヴやクラブにもすぐ足を運べるかと思います。是非とも、行ったことがないライヴハウスやクラブ、観たことのないアーティストの現場やイヴェントへ、足を運んで頂けたらと思います。

そしてBO NINGENとしても、また日本で会いましょう。

最後に、残念なお知らせになってしまうのですが、bounce時代から続く本連載は今回で最終回となります。2013年の2月からの約4年間、ご愛読本当にありがとうございました。そしてこのようなバンドから発信できる場を長期に渡って作ってくれたMikikiの皆様には、感謝しかありません。

日本人バンドとして海外拠点での活動、現地やツアー先での生活を切り取ってお届けしてきましたが、日本の読者の皆様の新しい発見や刺激になっていたら嬉しいです。

海外生活、それもバンドでの活動となると、様々な疑問やファンタジーが生まれるものですが、少しは解答になったでしょうか。そして良くも悪くも少しは裏切れたかな? 解消しきれなかった気持ちや疑問はライヴに来て、直接メンバーに訊いてみて下さいね。

意外と〈書くこと〉が好きな4人ですので、文章としてもまたどこかでお会いできることを信じて、一旦お別れです。またね。

★bounce期〈BO NINGENの人生一度きり〉バックナンバーはこちら
★Mikiki期〈BO NINGENの人生一度きり〉バックナンバーはこちら

 

PROFILE/BO NINGEN


Taigen Kawabe(ヴォーカル/ベース)、Kohhei Matsuda(ギター)、Yuki Tsujii(ギター)、Akihide Monna(ドラムス)から成る4人組。2006年、ロンドンのアートスクールに通っていたメンバーによって結成。2009年にアナログ/配信で発表した 『Koroshitai Kimochi EP』が現地で話題となり、UKツアーのみならず、日本盤の発表後は日本でのツアーも成功させる。2011年にミニ・アルバム『Henkan EP』、2枚目のフル・アルバム『Line The Wall』をリリース。〈フジロック〉やオーストラリアの〈Big Day Out〉、USの〈SXSW〉〈コーチェラ〉といった各国の大型フェスへ出演し、ますます注目を集めるなか、2014年に最新作『III』をドロップ。さらに、37分に及ぶ大曲となる盟友サヴェージズとの共作シングル“Words To The Blind”を発表。そして、2016年には日本限定のミニ・アルバム『Kizetsu no Uta / Live in Paris』(ソニー)をリリースし、2年ぶりに〈フジロック〉へ出演。そのほか詳しい情報はこちらへ!

BO NINGEN“Kizetsu no Uta”
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