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古楽から現代までレパートリーは常に開拓中、ハイモヴィッツの挑戦は続く!

 神童と呼ばれていた。13歳でメータ指揮イスラエル・フィルと共演、18歳でドイツ・グラモフォンで初録音。最初のソロ・アルバムは、現代曲で構成された『無伴奏チェロ作品集』だ。「最初はバーバーだって苦手なくらい現代曲は縁遠かったんです」と笑う。

 このレコーディングのとき、スタッフが持って来たジェルジ・リゲティの楽譜を初見で試し弾きしたことをきっかけに、リゲティ本人にレッスンを受けることに。「それまでリゲティという名前も知らなかった」彼がそのとき確信したのは、「演奏家は、作曲家と一緒に仕事をすべき」ということだった。

MATT HAIMOVITZ Overtures to Bach PentaTone Classics(2016)

 現在、もっとも一緒に仕事をしている作曲家はフィリップ・グラスだという。彼から「協奏曲を弾いて欲しい」と連絡があるまでは、ミニマル音楽に関心はなかったが、グラスの作品を弾いているうちにその魅力に取り憑かれたのだという。『バッハへの序曲』というアルバムは、グラスへ委嘱した作品が冒頭を飾る。「もっとも現代と密接に関わっている作曲家だと思いますよ。彼が音楽を担当した映画『ナコイカッツィ』は9.11を予言するような作品でした」

 9.11後、戦争を支持しない者は反米的な風潮が昂った時期に、ハイモヴィッツは初めてジミ・ヘンドリックスの《星条旗》を弾いた。ベトナム戦争への抗議が込められたエレキ・ギターのサウンドを彼は見事にチェロで再現する。場所は、パンク・ムーブメントの発生地であったニューヨークのクラブ、CBGB。ここでライヴをした最初のクラシック・アーティストだった。そのとき一緒に弾いたのが、サンフォードの《7番街のカディッシュ》とバッハの無伴奏チェロ組曲。

 「バッハのこの作品は昔から弾いてました。ただ、9歳から28歳のあいだはあまり弾かなかったかも。解釈の可能性を考えているうちに、怖くなったのです」

 2000年に音楽祭で久しぶりに弾き、それが最初の録音となった。二度目の全曲録音は、ピリオド楽器での挑戦になる。滑らかに繋がっていくフレージング。第6番のガヴォットの繰り返し部分では、ピチカートで変化を加える。「とても開放的な感じでしょ?」

 最初にピリオドで弾いたのはベートーヴェンのチェロ・ソナタだった。「ピリオド奏法はほとんど予備知識がなかったのです。響きのバランスなど、ピアニストのオライリーと二人で長い時間をかけて考えました」

 ただ、大学の頃に密かにヴィオラ・ダ・ガンバを弾いていたという。「本当に好きな古楽の演奏家がいる」と目を輝かす。その人とは、ニコラウス・アーノンクール。なるほど、ハイモヴィッツは先入観に囚われず、一から何かを作り出すアーティストの系譜を受け継ぐ。