名裏方という形容は彼のためにある。量産型のヒットメイカーではなかったものの、大舞台では恐るべき高打率で結果を出し続けた、ソングライター/アレンジャー/鍵盤奏者のロッド・テンパートン。グルーヴが終わってしまっても彼の音楽でロックし続けよう
マイケル・ジャクソンの“Rock With You”と“Thriller”を書いたソングライター――この一文だけでロッド・テンパートンという人物がいかに偉大な音楽家であったかがわかるだろう。マイケルの両曲を20世紀最高のポップソングだとするなら、ロッドは20世紀最強のポップソング・クリエイターだったと言える。ただ、クレジットこそされていたものの当時はファンク・ブラザーズのメンバーよろしく正体不明な存在でもあったとも言われ、その名前よりも関わった楽曲のほうが有名だった。マイケル以外にもクインシー・ジョーンズの下でブラザーズ・ジョンソン、ルーファス&チャカ、パティ・オースティン、ジョージ・ベンソン、ジェイムズ・イングラムらの作品を手掛けた彼は、黒い艶を放つ楽曲の印象から黒人だと思われていたこともあるそうだ。
が、実際の彼は英国出身の白人であった。クインシー・ジョーンズが自叙伝で〈真に最高のパートナー〉〈戦場で誰もがそばにいてほしいと願う強者のような存在〉と絶賛していたロッドは、本名をロドニー・リン・テンパートンといい、1947年もしくは1949年にイングランド東部のクリーソープスで生まれている。ラジオ・ルクセンブルグでリズム&ブルースやソウルを聴いて育ったことが黒人音楽への入り口となったようで、キーボードを商売道具にすると西ドイツ(当時)に向かい、72年に仲間とソウルのカヴァー・バンドをスタート。米軍基地の慰問公演をするなかで別のバンド・メンバー募集の告知に応募したところ採用されたのがジョニー・ワイルダーJr率いるヒートウェイヴだった。この多国籍ファンク・バンドはロッドの母国イギリスを拠点とし、76年にGTOからデビューを飾っているが、ファーストの『Too Hot To Handle』は全曲がロッドの作ということで、バンドの楽曲は以降の作品も含めてロッドのセンスに負うところが大きかった。
いま振り返るとロッドの曲作りやアレンジの個性はヒートウェイヴの初期作品に集約されており、後の作品はその応用だったという印象を受ける。特にベースラインを含むグルーヴィーでメロディアスな曲の構造がマイケルの“Off The Wall”や“Thriller”の雛形になったとも言える“Boogie Nights”は、ハープ音を絡めた4ビートのイントロにおけるジャジーネス、複雑かつ洗練されたハーモニーも含めてロッドらしさが詰まった一曲。こうしたファンク系のアップを作る一方で、“Always And Forever”のようなスロウ・バラードも作ってしまえる柔軟性や懐の深さが彼の特長であり、そんな部分にクインシーも惚れ込んだのだろう。クインシーは自叙伝でロッドについて〈クラシックの作曲家の資質をもち、旋律や対位法に優れた才能を発揮するソングライターの最高峰〉と語っていたが、複数のメロディーを独立して鳴らしながら美しい旋律をキープしてめくるめくようなグルーヴを生むロッドのアレンジ技法は、アーバンで洗練された〈キラーQ軍団〉のバッキングによってさらに真価を発揮していく。その究極がマイケルの“Rock With You”だったのではないだろうか。
クインシーに誘われたこともあり、ヒートウェイヴからは79年作『Hot Property』のリリース前に脱退したロッド。だが、独立してソロ活動を行うわけでもなく、引き続きヒートウェイヴに楽曲提供をしながらLAを拠点とするQ軍団の一員として裏方に徹したあたりも彼の殊勝なところだ。クインシーが〈常に完璧に準備し、戯言はいっさい口にしない〉と自叙伝で激賞していたように、華やかなスター相手に万人受けする曲を作りながらも私利私欲とは無縁だったロッドは、徹底して音楽職人であり続けた。また、優れた作曲家であると同時に優れた作詞家でもあったロッドは、あらゆる状況に対応したリリックを書けることでも知られ、例えばクインシーの“Slow Jams”のようなブラック・ピープル向けの濃厚なスロウ・ジャムでも単独でペンをとっている。言ってみれば〈白人離れした〉クリエイターでもあったのだ。

仕事上のパートナーは必ずしもクインシーに限らず、ジャズの素養もあったロッドらしくハービー・ハンコックやボブ・ジェイムズと組めば、ヒートウェイヴを手掛けていたフィル・ラモーン絡みでカレン・カーペンターに曲を書いたり、リチャード・ルドルフの下でマンハッタン・トランスファーやサイーダ・ギャレットを手掛けることもあった。また、80年代半ばには映画のスコア/サントラにも関わり、クインシーとの『The Color Purple』、クライマックスやマイケル・マクドナルドの曲を含む『Running Scared』でも手腕を発揮。が、以降はクインシーのリーダー作を除けばわずかな仕事しかしていない。ヨーロッパに複数の別荘を持つなどしていたと聞くから、悠々自適の生活だったのだろう。
結局、長きにわたる癌との闘いの末、2016年10月にこの世を去ったロッド。最後まで過去に関わった作品についてのエピソードしか残さなかった彼は、ミュージシャン中のミュージシャンと呼ぶに相応しい男だった。
ロッド・テンパートンの参加曲を含む作品。
ESSENTIALS
名曲揃いなロッドの仕事歴 Pt.1

ジョニー・ワイルダーJr.率いる多国籍ファンク・バンドのデビュー作。全曲ロッドの作で、同名映画のモチーフにもなったディスコ名曲“Boogie Nights”、後にルーサー・ヴァンドロスらが歌うバラード“Always And Forever”の2大名曲で早くも天才作曲家ぶりを見せつけた一枚だ。ジョニーのファルセットが冴え渡るミディアム“All You Do Is Dial”の甘美な旋律もロッドならでは。 *林

デビュー作と同じくバリー・ブルーがプロデュースしたセカンドで、9曲中7曲がロッドの作。“The Groove Line”に代表される歯切れのいいディスコ・ファンクが飛び出し、ロッドの弾けるような鍵盤プレイも含めてバンドとしての勢いを感じさせる。サンプリング・ソースとしても人気を集めるスペイシー・メロウな“The Star Of A Story”はロッドの奇才ぶりが窺える逸品だ。 *林

名匠フィル・ラモーンを起用して制作された3作目。ロッドはグループからは脱退するも10曲中9曲でペンをとり、楽曲はデイヴ・グルーシンのオーケストラによって洗練され、スケールが大きくなったせいか、ロッド節の輪郭が際立ってきた。“One Night Tan”での“Off The Wall”マナーのアレンジはほとんど手クセ。完成間近でジョニー・ワイルダーが自動車事故に見舞われた。 *林

マイケルとロッド双方にとっての最高傑作と断言してもいいダンサー“Rock With You”を含むクインシー軍団との第1弾アルバム。他にロッドが書いたのはヒートウェイヴ“Boogie Nights”的な作法で仕上げた表題曲と“Burn This Disco Out”で、泥臭くもあるマイケルの自作曲と並べば、都会的で洗練されたセンスがより際立つ。それらロッド曲を歌うマイケルの力の抜き加減も絶妙だ。 *林

マイケルの『Off The Wall』にメンバーのジョン・ロビンソン、ボビー・ワトソン、デヴィッド“ホーク”ウォリンスキーが参加した縁で、旧知のクインシーが制作したアルバム。ロッドが書いたのはチャカ・カーンが熱い歌声で駆け上がるムーディな展開のミディアム“Live In Me”とヒートウェイヴ流儀のファンクとなる表題曲で、西海岸の音で磨き上げられた彼のセンスが光る。 *林

ジョージ&ルイスのジョンソン兄弟がQ軍団として最高に輝いていた時代の一枚。9曲中7曲でロッドがペンをとった本作は、冒頭の“Stomp!”など、乱暴に喩えるならヒートウェイヴのデュオ版とでも言うべきアーバン・ファンク作品だ。“Treasure”や“All About The Heaven”といったリラックスしたスロウの繊細さもロッドならでは。ロッド曲ではないがマイケル・ジャクソンも客演している。 *林

高名なジャズ~フュージョン・ギタリストがクインシーの全面プロデュースを受けてR&Bシンガーとしての地位を確立した名盤。ジャズ古典などをコンテンポラリーに解釈した曲もあるが、滑らかなオクターヴ奏法が炸裂するタイトル曲や“Love X Love”など、ロッド作の弾むようなアップを軽やかに歌うベンソンが素晴らしく良い。“Star Of A Story(x)”はヒートウェイヴ曲のカヴァー。 *林

フィル・ラモーンの制作で80年に出すはずがお蔵入りし、一部の曲がカレン没後に加工して世に出された幻のソロ・アルバム(96年に日本主導で蔵出し)。『Off The Wall』を録り終えたミュージシャンが大挙参加しており、ロッドはモロにマイケル風味なメロウ・ディスコ“Lovelines”とスケールの大きい“If We Try”を書き下ろしてアレンジも担当。特に前者は抜群の相性を示す隠れ名曲だ。 *出嶌

クインシー作品で最高にポップなヒット作にもロッドは当然のように楽曲を提供していた。パティ・オースティンが軽やかに歌う歯切れのいいポップ・ファンク“Razzamatazz”や“Turn On The Action”、フュージョン風ミディアム“Somethin' Special”、そしてPファンクをQマナーで解釈したような表題曲という4曲がそれ。白人であるロッドの提供曲こそが黒いというのがおもしろい。 *林

クインシー絡みの作品で常連となっていたCTIの歌姫が、御大の膝元に移ってコンテンポラリー路線を推進した重要な転機作(なのに廃盤とはね!)。クインシーが全面制作にあたったうちロッドは4曲を書き下ろし、翌年リカットされたジェイムズ・イングラムとのデュエット“Baby, Come To Me”は83年に全米1位を獲得。都会的なラヴ・バラードの定番にしてロッド指折りの名曲の1つだ。 *出嶌
まだまだ終わらない! 名曲揃いなロッドの仕事歴 Pt.2

後にコモドアーズに加入するJD・ニコラスが加わった4作目。交通事故から再起したジョニー・ワイルダーが制作に関わった初の米国録音盤で、出向いたのは半数以上の楽曲を提供した元メンバーのロッドが拠点を置くLAだった。同時期のマイケル、ブラジョン、ベンソンを思わせる滑らかでポップな曲が並び、ロッドがクインシーの下で学んだ作法を古巣に還元したような内容となっている。 *林

ジョージ・ベンソンとデュエットした表題曲で知られるアリフ・マーディン制作盤だが、ロッドは“Living In The Street”を提供。リズムとバック・ヴォーカルのアレンジに加えてジェリー・ヘイと共同でブラスと弦のアレンジも手掛け、EW&Fのようなスケールの大きいファンキー&タイトなアップに仕上げている。Q軍団+西海岸の精鋭による演奏をバックに歌うアレサが実に優雅。 *林

クインシー制作で、ロッドが数曲でアレンジ/ソングライティングに関与したディスコ女王のアルバム。ミュンヘン・サウンドからLAアーバンなポップ・ソウルにシフトした快作で、“Love Is In Control(Finger On The Trigger)”など、ハワード・ヒューイットらと声を交えるコーラスも含めてマイケル『Off The Wall』以降を完全に意識。“Livin' In America”には『Thriller』の片鱗も窺える。 *林

“Boogie Nights”に未来的なシンセ・フレーズを加えて進化させたような表題曲を含め、ロッドは3曲を書き下ろしてアレンジにも参加。なかでも“Baby Be Mine”はこの時代ならではの青くしなやかなマイケルを象徴する佳曲で、コーラスが折り重なっていく後半のロッド作法も絶品だ。ネタ人気の高いスロウ“The Lady In My Life”も抑制の効いた美メロとマチュアな意匠の余韻が凄まじい。 *出嶌

バリー・ブルーが制作に返り咲いた古巣のエピック最終作でもロッドは5曲を提供。“Lettin' It Loose”などのダンサブルなナンバーは〈マイケル以降〉感が強いが、同年にロッドと組んでアルバムを作ったハービー・ハンコックがシンセ・ソロを披露する“The Big Guns”ではEW&F風のスキャットも交えて新たな側面も見せる。初期のバラードを思わせる甘美な“Look After Love”も名曲だ。 *林
革新的な『Future Shock』(83年)前夜の一枚ゆえに、ハービー史上において影は薄めながら、クインシー抜きでQ軍団の腕利きたちを8曲中6曲で丸ごとリクルートした野心作という点では外せない。当然その核になったのはソングライトとリズム・アレンジを担ったロッドで、主役のロボ声ともマッチしたフュージョン・ディスコ“Gettin' To The Good Part”などはこの時代らしい軽さが快い。 *出嶌

クインシー軍団のシンガーとして関連作に参加していた男のデビュー作。ロッドはシェレール“Saturday Love”にヒントを与えてしまったようなマイケル・マクドナルドとのデュエット“Yah Mo B There”でペンを交え、一方でビッグバンド・ジャズのサウンドをモダンにしたようなアップ“One More Rhythm”を単独で書いて多彩なセンスを見せつけた。表題曲のアレンジも担当。 *林

クインシーの秘蔵っ子であり、“Man In The Mirror”の作者としても知られる才女のソロ・デビュー作を、ロッドはディック・ルドルフと共に全面プロデュース。もともと彼女の声質や唱法がマイケルに似ているため、ロッドらしいメロディーラインの“Groove Of Midnight”や“Baby's Got It Bad”あたりは実にスリリングというか『Thriller』的。これまた入手困難なのでリイシューを待ちたい。 *出嶌

豪華ゲスト参加の大作にロッドはアソシエイト・プロデューサーとして関与。ビバップからヒップホップまでの時代を繋ぐというアルバムのテーマを集約したラップ・ソングの表題曲、スロウ・ジャムの傑作“The Secret Garden(Sweet Seduction Suite)”ではペンも交えており、特に後者でのヴォーカル・アレンジを含めた繊細な技法にロッドの非凡なセンスを見る思いだ。 *林

『Back On The Block』同様の世代越境オールスターズ大作だ。自身絡みの名曲カヴァーも並ぶなか、童顔らの歌う“Slow Jams”を書き下ろしたロッドは、R・ケリーらの集った“Heaven's Girl”のアレンジにも寄与。そして、ロッドが書いたミーシャ・パリスの情熱的なスロウ“You Put A Move On My Heart”(92年)をそのまま採用したタミアの熱演は、彼にとって最後の大ヒットとなった。 *出嶌
リイシューは冬の口どけ

まずはロッド・テンパートンと同じく2016年に天に召された才人……カシーフの87年作『Love Changes: Expanded Edition』(Arista/Funky Town Grooves)を推薦。クインシー軍団ら西海岸クランの隆盛に対し、クールなNYサウンドでブラコン・シーンに躍進したシンガー/プロデューサーですが、この4作目はニュー・ジャック・スウィングなどストリート系のサウンドが台頭して勢力図が入れ替わりつつあった過渡期の一枚になります。ゆえに軽く見られてきたブツではありますが、いま聴けばそのぶん歌に重きを置いた作品として楽しめるはず。そして、顔ジャケはやっぱり良いものですね。

で、その時代に飛ぶ鳥を落とす勢いだったチームというと、LA・リード&ベイビーフェイス。当時の彼らの代表作のひとつこそ、このたび豪華盤でリイシューされたキャリン・ホワイトの88年作『Karyn White: Deluxe Edition』(Warner Bros./BBR)であります。これは12インチのさまざまなヴァージョンや、ジェフ・ローバー名義の客演曲などを特盛りにした資料価値のある2枚組。こういうジャケもいいですね。

そして、最後はベティ・ライト最後の秘境(?)だったエピック時代の2枚が初CD化! ここではビル・ウルファーやジョン・バーンズ、ティト・ジャクソンという当時のジャクソンズ人脈の名も目立つ81年作『Betty Wright』(Epic/Funky Town Grooves)を掲載しておきましょう。 *出嶌孝次
