バンドネオンの巨人モサリーニの名を冠した若手タンゴ楽団による貴重なライヴ録音

 この演奏レベルは、ちょっとした驚きだ。77年アルゼンチンを亡命後、フランスを拠点に国際規模で活躍するバンドネオンの巨人、モサリーニ。94年以降8度来日している彼が、パリ北西部郊外ジュヌヴィリエ市の音楽院で手塩にかけ育てた精鋭メンバーを結集。師の名を冠したオルケスタ・ティピカ編成の新世代タンゴ楽団によるライヴは、2006~07年音源のリイシューだという。

JUAN JOSE MOSALINI ORCHESTRA Live Tango Doubele Moon(2018)

 いっさいの予断や基礎知識なんぞも、まずは打っちゃっておいていい。とにかくこの快演に浸ってくれ。ピアソラばかりに捕われておらず、タンゴの深奥にどんな分厚い音の層があるのか、触れてみて欲しい。定番の古典曲、ピアソラ作品3曲もあるが、主軸は50~60年代タンゴ・シーンを彩った実験的名品だ。ピアソラと同時代を生きたタランティーノ、フェデリコ、バルカルセ、ルジェーロほか、濃密な粒選りのレパートリー揃い。好選曲に加え、編曲の妙も光る。5曲歌入りで、上品な女声も魅力だが、圧巻は男性歌手。今時ブエノスアイレス録音でもこれほどの逸材は珍しいし、もちろん演奏力の高さは言わずもがなだ。

 モサリーニが音楽院でバンドネオンを教え始めたのが、80年代末。生徒中心の楽団結成を促したのが92年だとか。アルゼンチンでは、2000年にバルカルセが若手育成を目し同様のオルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴを結成しているから、むしろ母国に先んじたことになる。師二人はともに、プグリエーセ楽団出身者というところがミソ。バルカルセ(ヴァイオリン)は48~68年、モサリーニは69~77年、同名門楽団に在籍した。つねに未来を見据え、タンゴに新たな輝きをもたらさんと獅子奮迅の働きを惜しまぬ楽団リーダーの志が、確実に受け継がれてきたに違いあるまい。

 キーワードを投じたところで、余談。菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの早川純は、2013~15年同音楽院に学び、モサリーニ直近2回の来日を実現させた。師の自由な光輝を継承するバンドネオンの高弟だ。