スミスから受けた影響とお気に入りの1曲

――そんなスミスに、ミュージシャンとして影響を受けているという実感はありますか?

KENT「僕はやっぱりジョニーみたいな感じにはギターを弾けない。いいなと思ってたまに真似はしていますけど、そこまで消化し切れてないかも」

Natsuki「僕はファースト・アルバムの『Luby Sparks』(2018年)を作っていたときに、なんとなくスミスっぽい曲も作りたいと思っていたんです。アルペジオがきれいに入っていたり、コードは明るく聴こえたりするのに切なくもある、80年代のイギリスっぽいギター・ポップとか。“Frankly, Mr. Shankly”にしても、明るく始まるけど、次のコードでしゅんとするじゃないですか。ああいう感じをめざした曲がありましたね」

小林「僕は無意識なところと自覚しているところがそれぞれあって、オマージュとして曲を作ったこともあります。“Reunion With Marr”(2012年作『GIFT』に収録)という曲で、いかにもジョニーが弾きそうなフレーズを捏造して(笑)。ほかにもサウンドの好みとか、モリッシーの佇まいとか、なんだかんだ影響を受けていますね。モリッシーのファッションも実は好きで、彼が愛読しているからとオスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』(1890年)を手に取ったりしたこともあります」

THE NOVEMBERSの2012年作『GIFT』収録曲“Reunion With Marr”

――全作品の中で、お気に入りのアルバムと曲をそれぞれ挙げていただけますか?

小林「最初にアルバムとして聴いたという思い入れを含めて、『The Queen Is Dead』かな」

KENT「聴いている回数で言うと、僕もそうですね」

Natsuki「僕も。『Meat Is Murder』と『The Queen Is Dead』を同時に聴いてみて、こっちのほうが聴きやすいなって(笑)」

小林「曲なら“Girlfriend In A Coma”(87年作 『Strangeways, Here We Come』に収録)ですね。歌い出しはすごくいいメロディーで、〈これは完璧だ!〉と思ったら、途中で悲劇が起きたみたいなコード進行になって、ストリングスがジャジャン!って入ってビックリするんですよ。それからまた最初のテーマに戻って〈It’s serious〉と歌って終わる。〈確かにシリアスだ〉って(笑)」

Natsuki「僕は“Heaven Knows I’m Miserable Now”(84年)。最高ですね。MVも結構観ていました。最初はどのアルバムに収録されているのか分からなくて、数年後にやっとコンピレーション盤の『Hatful Of Hollow』(84年)に入っていることに気付きました。スミスにしてもニュー・オーダーにしても、この時代のバンドはシングルをたくさん出しているから、アルバムに入っていない曲が多いし、シングル1曲1曲がめちゃくちゃ強い」

スミスの84年のシングル“Heaven Knows I’m Miserable Now”

KENT「僕のお気に入りは、カヴァーをしたこともある“Some Girls Are Bigger Than Others”(『The Queen Is Dead』に収録)。ギターのリフで言うとスミスの曲のなかでいちばん好きで、いちばんきれいだと思うし、やっぱりジョニーが好きなので(笑)」

Natsuki「KENTさんの歌い方は、めっちゃモリッシーですけど(笑)」

KENT「いやいや(笑)。メロディーや歌詞の面では、“There Is A Light That Never Goes Out” (『The Queen Is Dead』に収録)がいちばん心に残っていますね。サビで、ダブルデッカー・バスと10トン・トラックに挽かれちゃうんですから。そういうのがスミスっぽくて、僕は好き。みんなもああいうところが好きなんじゃないかな」

※該当箇所の歌詞は〈And if a double-decker bus crashes into us / To die by your side is such a heavenly way to die / And if a ten-tonne truck kills the both of us / To die by your side / Well, the pleasure, the Privilege is mine〉

Natsuki「映画『(500)日のサマー』(2009年)に使われていた曲ですよね! すごく印象的でした」

“There Is A Light That Never Goes Out”

 

昨日までの自分には戻れないという焦燥感や絶望感を抱きながら言葉を綴る

――次に映画「イングランド・イズ・マイン モリッシーはじまりの物語」の話をしたいんですが、まずは率直な感想を聞かせてください。

Natsuki「僕は、モリッシーがどういう人なのかよく知らなくて、限られたライヴ映像で、花を振り回して踊っている姿しか観たことがなかった。で、映画が始まって一瞬、〈これがモリッシーなの?〉って思ったんですけど、挫折したりチャンスを掴んだりしてだんだん話が進んでいったあとの、ヘッドフォンをしてクラブに行くシーン以降はモリッシーにしか見えなくなった。俳優も巧いんでしょうね。こういう人だったからこういう歌詞が生まれ、ああいうパフォーマンスをするようになったんだという、バックグラウンドがわかりました」

KENT「僕の場合は、イメージしていたモリッシー、そのままでしたね。面倒くさい感じとか、ひねくれている感じとか(笑)。すごくカッコいいわけでもないし、しかも毒舌で。なのにいろんな人たちがあんなに彼に構っていたってことは、何か理由があるはず。つまり、結局モリッシーはみんなに愛されていたってことなんでしょうね」

小林「映画のなかの彼は感情の起伏が激しくて、そのレンジが広いんだけど、現実にはすごく些細なことしか起きていないんですよね。〈それがすべてなんだな〉って観終わったときに思いました。仲良かった子が遠くに行っちゃうとか、傍目にはたいしたことは起きていなくても、この世の半分が消え失せたかのように落ち込んだりする。そういう感受性の人だから、なんでもドラマティックに解釈して、昨日までの自分には戻れないという焦燥感や絶望感を抱きながら常に言葉を綴っている。

ただ歌詞を書いていると言うより、〈世界を滅ぼすくらいのものを作っているんだぞ〉という気持ちが見て取れるんですよね(笑)。で、そういうすごく狭い日常で起きていたことが、のちにモリッシーが世界を騒がせることの着火点だったんだと、その後の成功を知っている人間だからこそグっとくる部分があった。好きなものだけが詰まった箱庭みたいな部屋とか、クソみたいな職場とか、そこを見せたかったんだなって。モリッシーとスミスに関する知識が一切ない人が観たら、どう感じるのかわからないけど」

KENT「でも、バンドを組むときのドキドキ感みたいなところにも、映画として観応えがあると思うな。青春映画という雰囲気でもないんだけど(笑)」

――ミュージシャンとして感情移入する部分が大いにあったということですね。

KENT「はい。僕は特に、初めてのライヴが終わったときにモリッシーが高揚感に浸っているシーンがすごく好きです。あれ、めっちゃわかる。テンションが上がっていて、次の日もそのことしか考えられなくて、布石を打った実感がすごくあったんだろうな。すごく人間味があるシーンなんですよ。お姉さんに言ったキツい言葉も、めっちゃ可愛いし(笑)」

小林「皮肉の言い方がすごいよね。〈スターになれない人間にはわからないと思うけどさ〉みたいな。急に別の形で人間を見下しはじめているから」

KENT「そうそう、〈俺はこれで生きるぞ! 普段の生活は全然うまくいってないかもしれないけど、俺にはこれがあるんだ〉みたいな手応えを感じていて。僕自身はスミスのような成功は収めていないけど、モリッシーが音楽業界の関係者に名刺をもらった瞬間の気持ちとかも理解できた。〈ついに僕の才能に気付いたか!〉みたいな感じで、周りの景色が変わって見えるんですよ(笑)。あの気持ちをモリッシーもめっちゃ感じていたんだろうな」

Lillies and Remainsの2014年作『ROMANTICISM』収録曲“BODY”

Natsuki「うん。音楽をやっている人、やりたいと思っている人は、絶対共感できるところがあると思う。僕は大学を卒業したばかりで、就職をせずにバンド活動をしていて、就職か音楽か選ぶ必要があるのかってことを日々考えさせられています。映画のモリッシーと自分がいまいる場所とがすごく近いんです。

そして僕もバンドを始めるまで、自分はきっと何かができるんじゃないかと思い込んでいて、でもずっと何もできずにいた。音楽がこんなに好きなのに、ただ好きなだけでいいのかなって思っていた時期がありました。バンドを始めるときの独特のプロセスも、映画に描かれていますよね。メンバーを探していて、〈こいつなら行けそうだ〉と思った瞬間の嬉しさだったり。で、自分の部屋や相手の部屋で、〈ちょっとやってみようか〉って試してみて……」

KENT「あれはすごくわかる。結局何も作れなくて、だいたいハズレるんだけど(笑)。同性の家に行くっていう、あのヘンな感じが独特なんですよ。恋愛関係にあるわけじゃないから、そういう盛り上がりもなくて(笑)、部屋で男同士でひたすら好きな音楽の話をして……。若干恥ずかしいんだよね」

Natsuki「バンドのメンバーってただの友達でも同僚でもないし、微妙な距離感がありますから。あと、モリッシーが最初歌えなかったシーンもすごく共感できた。僕は歌が昔から嫌いで、自分の曲だから自分で歌ったほうが早いかなと思ってやってみたんですけど、最初ははっきり歌えなかったり、声がちっちゃくなってしまうことが多々あって。そんなふうに終始バンド音楽の魅力が詰まっていて、いつの時代も変わらないんだなって感じました」

――確かにモリッシーが思い切って声を発するまで、かなり時間がかかるんですが、小林さんとKENTさんが初めて歌ってみたときはいかがでした?

小林「僕は元々ギタリスト志望で、歌うつもりはなかったんですよ。当時のバンドではベースを弾いていて、リーダーがギタリストだったんですけど、〈僕もギターを弾きたい〉と言ったら、〈いや、ギターは1本だから、お前はヴォーカルかクビ〉って(笑)。それで仕方なくヴォーカルになった。だから最初は全然歌えなくて、慣れ親しんだ人たちの前でも難しかったから、モリッシーはさらに難しかっただろうな」

KENT「自分の声ってやっぱり、みんな嫌いだったりする。だから初めて歌うときは、すごく気持ち悪いんですよね。映画を観て、あんなモリッシーがよく歌えたなって驚きました」

Natsuki「そうですよね。ああいうふうに沸々と表舞台に憧れを抱いていた人こそ、ずっと内に持っていたものが爆発した時に威力があるんだなって思います。〈自分のなかにはこれがあったんだ!〉と気付く瞬間ですよね。自分のなかで妄想だけ広げていたことが実現したときは、本当に気持ちいい」

Luby Sparksの2018年のEP『(I’m) Lost in Sadness』収録曲“Perfect”