レゲエだけどレゲエじゃない?

それでは、そんな『サマー・ナーヴス』に針を落としてみましょう。今回の試聴会に参加してくれたのは、前回(吉田美奈子『FLAPPER』)前々回(松田聖子『Bible』)に続いて田中学さんと、TOWER VINYLのスタッフ・塩谷邦夫さんです。またも田中さんがオリジナル盤を持ってきてくださいました。

まずは再発盤から。A面1曲目のタイトル・トラック“サマー・ナーヴス”を。真空管ステレオ・パワー・アンプのMcIntosh MC275と劇場用大型スピーカーのALTEC A5を備えたTOWER VINYL自慢の音響システムから、力強い音が吐き出されます。

「意外とレゲエなんですよね」(塩谷さん)。「レゲエなんだけど、土臭い感じのミックスじゃないから、おもしろいサウンドです」(田中さん)。

『サマー・ナーヴス』収録曲“サマー・ナーヴス”

A面2曲目は、シックのナイル・ロジャーズとバーナード・エドワーズが作曲したシスター・スレッジ“ユー・アー・フレンド・トゥ・ミー”のカヴァー。原曲に比較的忠実なアレンジですが、レゲエ調のギター・リフをより強調し、テンポを上げて軽快に。そこに「ヴォコーダーをかけたロボ声が変わっていますよね」と田中さんが語るヴォーカルが乗っており、不思議なムードを生んでいます。

『サマー・ナーヴス』収録曲“ユー・アー・フレンド・トゥ・ミー”

「レゲエ好きな人からしたら、ちょっと不思議な音楽。アステロイド・デザート・ソングス(A.D.S.)~スマーフ男組の村松(誉啓)さんがかけるような〈レゲエ〉じゃないでしょうか(笑)」(田中さん)。

たしかに、レゲエだけどレゲエじゃない、なんとも変わったサウンド。

再発盤のA面を一通り聴き終え、次はオリジナル盤と聴き比べ。

「オリジナル盤はCBS・ソニーから〈マスター・サウンド・シリーズ〉の一枚として出ていて、音質の良さを意識して作られたレコードなんですよね。これ、昔DJをやっていた頃のメモをジャケットに貼ったまま(笑)。B面1曲目のダブっぽい“ゴナ・ゴー・トゥ・アイ・コロニー”やB面4曲目のチルでバレアリックな“ニューロニアン・ネットワーク”をよくかけました」(田中さん)。

カートリッジ(レコード針)は田中さんの私物のNAGAOKA DJ-03HD

『サマー・ナーヴス』オリジナル盤の帯。〈マスター・サウンド〉の説明が書かれている

音質についてはどうでしょう? 再発盤について、塩谷さんは「バランスが良く、均整の取れた音」と言います。どこか上品な響きの再発盤に対して、オリジナル盤はかなりパンチの効いたサウンド。

「オリジナル盤は分離が良くないのですが、再発盤はクイーカなどのパーカッションの音が前に出ていないフラットな音像。音の方向性がちがいますね。家で聴くなら、聴きやすい再発盤のほうがいいかも。オリジナル盤はペラジャケだけど、再発盤はジャケットの紙が厚くて良いものですし(笑)」(田中さん)。

 

加藤和彦との仕事でレゲエに開眼した坂本龍一

A面3曲目“スリープ・オン・マイ・ベイビー”は、矢野顕子さんが作詞作曲し、バッキング・ヴォーカルも担当した軽快なレゲエ・ナンバーです。

「どちらかといえば、本場ジャマイカのレゲエというよりも、UKレゲエやツートーンっぽい」(田中さん)。「そうですね。カルチャー・クラブみたいです。でも、日本でレゲエをやったのはかなり早かったと思います」(塩谷さん)。

『サマー・ナーヴス』収録曲“スリープ・オン・マイ・ベイビー”

「電子音楽 in JAPAN」などの著書で知られる田中雄二さんのnoteによれば、もともとレゲエ嫌いだった教授がレゲエに開眼したのは、和製ラヴァーズ・ロックのクラシックとして知られるテレサ野田“トロピカル・ラブ”(79年)のレコーディングがきっかけなんだとか。

「ジャマイカのダイナミック・サウンド・スタジオで録っていて、加藤和彦がプロデュースし、坂本龍一が参加しているんですよね。のちに岡崎友紀がカヴァーしていることも有名です」(田中さん)。「“ジャマイカン・アフェアー”(80年)ですよね」(塩谷さん)。

そう。日本にレゲエが浸透する以前、レゲエに早くから取り組んでいた日本の音楽家といえば、加藤和彦さんです。

「この“スリープ・オン・マイ・ベイビー”は、加藤和彦さんの“アラウンド・ザ・ワールド”(79年作『パパ・ヘミングウェイ』収録曲)にちょっと似ていますよね。『パパ・ヘミングウェイ』はバハマのコンパス・ポイント・スタジオで録った作品です」(塩谷さん)。

加藤和彦の79年作『パパ・ヘミングウェイ』収録曲“アラウンド・ザ・ワールド”

そんな話を受けて、田中さんが中古盤コーナーから加藤和彦『うたかたのオペラ』(80年)のレコードを持ってきました。同作の初回プレスには、“アラウンド・ザ・ワールド”のダブ・ヴァージョンを収録した7インチ・シングルが付属していることが知られています。ちょっと寄り道をして聴いてみましょう。ヘヴィーで陶酔的なダブの音がフロアに響きます。

(上から)加藤和彦の80年『うたかたのオペラ』、『うたかたのオペラ』初回プレスに付属していた“アラウンド・ザ・ワールド(ダブ・ヴァージョン)”の7インチ・シングル

「『サマー・ナーヴス』と一緒に聴くべきレコードでしょうね」(塩谷さん)。「これ、7インチが付いていない盤も多いんですよ。いま聴くと、MUTE BEATに先駆けた音楽という感じますよね」(田中さん)。

 

渡辺香津美、大村憲司、高橋幸宏らによる演奏の〈格闘技〉

さて。『サマー・ナーヴス』に戻って、レコードをターンテーブルに。

「A面4曲目の“カクトウギのテーマ”は好き。この曲は4つ打ちでディスコっぽくて、ちょっとラリー・レヴァンっぽいNYサウンドを感じますね」(田中さん)。
ヴァン・マッコイ“The Hustle”(75年)と言いますか」(塩谷さん)。「プロレス好きには思い入れのある曲らしいです」(田中さん)。「〈こういう曲、プロレスっぽいよね〉と言いながら作ったら、実際に全日本プロレスで使われた、という逸話があるんですよね」(塩谷さん)。

もともと、“カクトウギのテーマ”は“ロッキーのテーマ”のパロディー・ソングだったようです。

『サマー・ナーヴス』収録曲“カクトウギのテーマ”

そもそも、この凄腕プレイヤーたちがぶつかり合う強力なサウンドは、どうやって生まれたのでしょう?

「ピットインのメンバーで録音しているんですよね」と塩谷さんが言うように、先述の田中雄二さんの記事によれば、そもそも本作の名義である〈カクトウギ・セッション〉とは、六本木ピットインを主な会場としてライブを繰り広げられたグループを指しています。たとえば、〈坂本龍一 vs. 矢野顕子〉〈高橋幸宏 vs. 村上“ポンタ”秀一〉〈渡辺香津美 vs. 大村憲司〉というように、演奏家どうしの〈格闘技〉をそこで行っていたようです。

そういったことを踏まえて聴きたいのが、塩谷さんのお気に入りだというB面3曲目“スウィート・イリュージョン”。長尺のフュージョンであるこの曲では、大村憲司さんと渡辺香津美さん(変名〈アブドゥーラ・ザ・“ブッシャー”〉で参加)という名ギタリスト2人によるギター・ソロ・バトルを聴くことができます。

2分25秒頃から始まる最初のギター・ソロを聴いて、「これは大村さんだと思います。そのあとのソロが香津美さんでしょうね。ただ、どっちもギブソンを弾いているので、確証はないのですが(笑)」と塩谷さん。

『サマー・ナーヴス』収録曲“スウィート・イリュージョン”

「この派手でフュージョンっぽいプレイは、セッションだからこそわざと大げさに、遊び心でやっているのでしょうね。あと、ドラムを集中して聴くと、すごく(高橋)幸宏さんらしいなと感じます。フィルインとかがまさにそう」(塩谷さん)。

そしてB面のラストは、細野晴臣さんの作曲による“ニューロニアン・ネットワーク”。塩谷さんが「他の曲と毛色がちがっていて、細野さんっぽい」と言うように、レゲエやフュージョンを中心にした『サマー・ナーヴ』のなかでは、ちょっと浮いたサウンド。

「ピアノのメロディーが〈細野メロディー〉じゃないですか。『トロピカル・ダンディー』(75年)に入っていてもおかしくない曲ですよね。電子音が中心のサウンドだから、再発盤の音と相性がいいかもしれませんね」(塩谷さん)。

『サマー・ナーヴス』収録曲“ニューロニアン・ネットワーク”