ビートルズと並ぶリヴァプールの人気者

ジェリー・マースデン(Gerry Marsden)が亡くなった。享年79。心臓に血液感染症を患い、2021年1月3日に息を引き取ったと報じられている。1942年9月24日生まれのマースデンは、60年代前半、ジェリー&ザ・ペースメイカーズのフロントマンとして活動。当時リヴァプールのロックンロール・シーンを指していた〈マージ―・ビート〉の代表的な一組であるこのバンドは、同郷であるビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが契約したことでも知られている。

マースデンの甘やかな歌声と軽快なロックンロール・サウンドを合わせたジェリー&ザ・ペースメイカーズは、63年にデビュー。いきなり“How Do You Do It?”、“I Like It”の2曲が連続で全英チャートで1位に輝いた。これらとナンバーワンを争ったのがビートルズの“From Me To You”というのだから、その人気が生半可なものでなかったことは想像できよう。その後も“Don’t Let The Sun Catch You Crying”や“Ferry Cross The Mersey”(いずれも64年)とヒットを飛ばすが、徐々に人気が衰えバンドは66年に解散。66年といえば、ビートルズが『Revolver』、ローリング・ストーンズが『Aftermath』をリリースした年。牧歌的な〈マージ―・ビート〉の時代は終わり、ポップ・カルチャーはサイケデリックの季節に入っていた。

63年のシングル“How Do You Do It?

 

フットボール史に残るアンセム“You’ll Never Walk Alone”

ジェリー&ザ・ペースメイカーズは解散以降、何度か再結成をおこなったが、マースデン自身はソロ・シンガーとして晩年までキャリアを重ねた。すでに彼の名はイギリスの歴史、文化に深く刻まれている。なぜなら、マースデンはサッカー……いやここでは英国式にフットボールと呼ぼう……きってのアンセム“You’ll Never Walk Alone”を歌った男だからだ。

ペースメイカーズのサード・シングルであったこの曲は、地元のチーム、リヴァプールFCのサポーターを筆頭に、世界中のフットボール・ファンから愛されている。ここ日本でも〈ユルネバ〉と呼ばれFC東京のサポーター・ソングとなっており、味の素スタジアムに集まった5万人近い観衆が合唱するさまは壮観の一言だ。

FC東京のサポーターによる“You’ll Never Walk Alone”の合唱

FC東京のサポーターが〈ユルネバ〉を歌うようになった経緯については飯尾篤史氏による〈連載:FC東京 首都クラブの矜持「強く、愛される」〉内の記事にゆずるが、そもそも“You’ll Never Walk Alone”はいかにしてリヴァプールFCのアンセムとなったのか。

実はジェリー・マースデンは“You’ll Never Walk Alone”を作った男、ではない。作詞・作曲は、リチャード・ロジャーズとオスカー・ハマースタイン2世。彼らが1945年にミュージカル「回転木馬」の劇中歌として書いた。以降、多くのミュージシャンのレパートリーとなり、フランク・シナトラやロイ・オービンソン、R&Bシンガーのロイ・ハミルトンの歌唱などが有名である。2020年には、ラナ・デル・レイ、ブリタニー・ハワードもカヴァーしていた

ジェリー&ザ・ペースメイカーズが“You’ll Never Walk Alone”をリリースしたのは63年。発表直後から人気を集め、4週連続で全英チャートの1位に輝いている。リヴァプールFCのサポーターがこの曲を彼らのホーム・スタジアム〈アンフィールド〉で歌いはじめたのは、ペースメイカーズ版がヒットして間もない頃。〈嵐のなかを進むときでさえ、顔を上げていこう〉〈お前は決して1人じゃない〉というリリックが、どんな苦境に立たされようともチームの勝利を信じ続けるサポーターの心を掴んだのだろう。

リヴァプールFCのサポーターはチームへの忠義心が強いことで有名だ。それには1959年~74年まで監督を務めたビル・シャンクリーの哲学が影響している。リーグ2部に低迷していたチームを1部に引き上げ、瞬く間に強豪へと鍛え上げたシャンクリーは、貧しい炭鉱の村で生まれ育った出自も関係してか、〈人々がともに勤労し、報酬を分け合う〉という社会主義的な考えを強く持っていた。それゆえに彼は、選手やスタッフ以上にサポーターこそがチームに欠かせない存在だと信じ、彼らとの絆を大切にしてきた。

 

2つの〈悲劇〉を乗り越えるために

また、80年代に起きた2つの痛ましい事件が “You’ll Never Walk Alone”をリヴァプールにとってさらに特別な楽曲にした。85年、ベルギーのヘイゼル・スタジアムでのリヴァプールFC対ユヴェントスの試合前に起きた〈ヘイゼルの悲劇〉。89年、英シェフィールド、ヒルズボロ・スタジアムでのリヴァプールFC対ノッティンガム・フォレストの試合中に起こった〈ヒルズボロの悲劇〉。2つの〈悲劇〉の詳細はここでは割愛するが、いずれもサッカー競技場で何百人もの死傷者が出るという凄惨なものだった。なお、〈ヒルズボロの悲劇〉はリヴァプールFCのフーリガンの行動が引き金となったと語られてきたが、近年の調査ではスタジアムの管理体制に問題があったことが明らかになっている。そのことは、亡くなったサポーターの名誉のためにも書いておきたい。

多くのサポーターの命を奪った〈ヘイゼルの悲劇〉〈ヒルズボロの悲劇〉により、リヴァプールの街は悲しみに暮れていた。彼らの傷ついた心を“You’ll Never Walk Alone”は支えたのだろう。〈ヒルズボロの悲劇〉の4日後に開催されたUEFAヨーロピアン・カップ(現在のチャンピオンズ・リーグ)の準決勝、イタリアのサンシーロ・スタジアムで行われたACミラン対レアル・マドリードでは、試合中にプレーを中断して選手たちが黙祷を行なった。そのとき、ミランのサポーターは“You’ll Never Walk Alone”を歌った。犠牲者を追悼するとともに、海の向こうのリヴァプールへと励ましを届けようとしたのだ。

〈ヒルズボロの悲劇〉から20年後の2009年には追悼式典がアンフィールドで行われた。そこで“You’ll Never Walk Alone”を歌ったのはもちろんジェリー・マースデン。観衆の大合唱をともなった感動的なパフォーマンスは下の動画で観ることができる。

 

嵐のあとに待つ黄金色の空

アンフィールドで歌われる“You’ll Never Walk Alone”の凄さは、リヴァプールFCに加入した多くの選手や監督がまず語るところである。先日、LINE NEWSで配信された南野拓実のインタビューでも言及されていた。

2020年の3月、COVID-19のパンデミックが拡大しロックダウンが施行されたイギリスで、こんな動画が話題になった。それはNHS(国民保険サービス)の職員たちが集中治療室のドアを挟んで“You’ll Never Walk Alone”を歌っている映像だ。それを観たリヴァプールFCの現監督、ユルゲン・クロップは〈泣かずにはいられなかった〉と語っている。“You’ll Never Walk Alone”は、最前線で未知のウイルスと戦っている医療従事者に寄り添い、彼らを鼓舞していたのだ。

嵐のあとには
黄金色に輝く空と雲雀のキラキラとしたさえずりが待っている
希望を胸に抱き
歩み続けよう

いまほど“You’ll Never Walk Alone”のメッセージを世界が必要としている時代もないだろう。そんな2021年にジェリー・マースデンは黄金色の空へと飛び立った。

“You’ll Never Walk Alone”

 


参考記事
https://en.wikipedia.org/wiki/Gerry_and_the_Pacemakers
https://en.wikipedia.org/wiki/You%27ll_Never_Walk_Alone
https://www.theguardian.com/music/2021/jan/03/gerry-marsden-obituary
https://www.theguardian.com/music/2021/jan/04/how-youll-never-walk-alone-came-to-define-liverpool-fc-spirit-gerry-marsden
https://bleacherreport.com/articles/2028449-ac-milans-curva-sud-sing-youll-never-walk-alone-in-hillsborough-tribute
https://www.theguardian.com/football/2020/mar/27/jurgen-klopp-cried-when-nhs-staff-sang-youll-never-walk-alone-liverpool
https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20200328/1051139.html
https://www.liverpoolfc.com/history
https://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Shankly
https://www.oji3kop.work/entry/2019/11/16/222301
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201909250013-spnavi