時が流れようとも色褪せることのない美しく壮大な音世界には、いまも至福の轟音が降り注いでいる――名作の再臨をきっかけに触れる、改めまして、あるいは初めましてのマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
30年も朽ちない生命力
『loveless』(91年)のリリースから30年が経った。十年一昔という言葉をそのまま受け入れるならば、30年も経てばもはや大昔である。そんななかで『loveless』の生命力と影響力、そこに飽くことなく賛辞と賛美が積み重なっていく様子は極めて異例のことに違いない。そんな歴史的な金字塔が節目の周年を迎えたタイミングの2021年3月31日、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下mbv)が新たにドミノと電撃契約を発表。UKソニーとの契約が切れてから宙に浮いていたカタログ群、さらには自主リリースの『m b v』(2013年)といったディスコグラフィーがCDとLPフォーマットで一挙リイシューされた。
言わずもがな、今日のmbvに対する評価は相変わらず絶対的で揺るぎのないものであり、それはいよいよ深まっている。何かと神様が多い昨今においても、彼らへの情熱的な評価は、満場一致で動かし難いもののように思えるだろう。そこに異論を差し挟むつもりは特にないが、非常に興味深く思えるのは、リアルタイムで彼らの音楽に接してきた人以上に、後から発見した世代によって現在のmbv像が積極的に作り上げられてきたように見えることだ。時代性がバラバラに切り刻まれては入り交じって、世界中が記憶の修正を繰り返すのが当たり前の時代になったとはいえ、その別格的な評価の瑞々しさはいまもって凄まじく、彼らのファン・ベースも単なるノスタルジーを共有しているだけのようには思えないのだ。そのフレッシュな期待感が、mbvが存在しない時代にもmbvを長らく生かし続けてきた。バンドが2007年に再始動しても、フェスでたびたび来日を果たすようになっても、また動きが見えなくなっても、彼らの幻想的な存在感は不思議なくらいに位置を変えることなく、少し高い地平に浮かび続けているかのようだ。
幻想的で官能的なサウンド
そんなわけで、さまざまな研究書などの存在もあって、もはや繰り返す必要もない気がするものの、ここでは改めて彼らの足取りを簡単に振り返っておこう。そもそも83年末にアイルランドのダブリンで結成されたmbvだが、NY出身のケヴィン・シールズ(ギター/ヴォーカル)と親友のコルム・オコーサク(ドラムス)、途中加入したデビー・グッギ(ベース)、そしてロンドン出身のビリンダ・ブッチャー(ギター/ヴォーカル)が加わって不動のラインナップが揃ったのは87年のこと。そこに至るまでの紆余曲折はメンバーの出入り以上に、ゴス/パンク影響下にある初々しい時代からロンドン移住後にジーザス・アンド・メリー・チェインら(当時の)新進バンドに影響されて変貌していくまで、いくつかのリリースを経て現在のmbv的な表現のスタイルを構築していくことになる。
ビリンダの加入を経て叙情的なサイケデリアをギター・サウンドの向こうから立ち昇らせはじめるようになったmbvは、アラン・マッギーに見い出されてクリエイションと契約。88年の夏にリリースされたEP『You Made Me Realise』では後にシューゲイザーと形容されることになるスタイルへと足を踏み入れ、ケヴィンとビリンダの歌声が融和するようなmbvらしい幻想性や官能性を唯一無二の持ち味として確立していくことになった。そのEPに続いたのがバンドにとってのファースト・フル・アルバム『Isn’t Anything』(88年)で、リード・シングルの“Feed Me With Your Kiss”もヒットした同作は全英インディー・チャートで首位をマーク。ノイジーなサイケデリック・サウンドに絡み付く60年代のバーズに通じる絶妙な甘さは同時代のプライマル・スクリームやストーン・ローゼズにも共通するものだが、mbv自身はソニック・ユースやダイナソーJrら後にオルタナティヴなロック・バンドによりシンパシーを抱いていたようだ。
革命的な傑作の誕生
初作の成功を受けてバンドはセカンド・アルバムの制作に入るが、結果的にその『loveless』は91年11月までリリースされることはなかった。その間には『Glider』(90年)と『Tremolo』(91年)という2枚のEPがリリースされているが、出来上がった『loveless』はそこからもさらに飛躍。後にケヴィンが「『loveless』が出た当時は〈期待していたほどストレンジな音ではなく、進化のない、それまでやってきた音楽の集大成〉だというふうに捉えられていた」と振り返っているように、現在のような手放しの大絶賛が渦巻いていたわけでもない。マンチェ~インディー・ダンス系のバンドが次々に成功を収めていた時代に、アルバムは全英総合チャートで24位まで上昇するものの、制作に2年半が費やされて制作費が超過したためにクリエイションの経営が傾いたという話まで出てきた。
また、現在ではこの『loveless』はケヴィンがほぼすべての演奏を手掛けたということも明かされている。私生活の問題からドラムを叩けなくなったコルムに代わってケヴィンがビートを構築し、デビーもスタジオに来ることはなくなった。交際していたケヴィンとビリンダの関係も歪みを生じ、バンド内の関係は徐々に希薄なものとなっていったのだ。その後クリエイションを離れたmbvはメジャーのアイランドに移籍するが、カヴァー曲をコンピに提供した以外の成果はなく、95年にはコルムとデビーが脱退。それでも制作を続けたケヴィンだが、「意識的に古い作曲方法から離れようとしたんだけど、リフやアイデアを録音してパズルのように組み合わせていったら、構造がない曲ばかりになってしまった」そうで、サード・アルバムはお蔵入りに。97年にはビリンダも脱退してmbvは解散状態になってしまった。
この先はどうなる?
それから10年経った2007年にはふたたび同じメンバーでの再始動が発表されるが、その背景にはケヴィンが前年から始めた過去作のリマスター作業があった。その過程で、お蔵入りしたサード・アルバムの断片が彼をインスパイアし、結果的には4人の集結をお膳立てしたのだった。その間に2008年の〈フジロック〉出演などもありつつ、リマスター盤の『Isn’t Anything』と『loveless』、編集盤の『ep’s 1988-1991 and rare tracks』が世に出たのは2012年のことだからケヴィンの時間感覚も凄まじいと言わざるを得ないが、その翌年には22年ぶりのサード・アルバム『m b v』が無事リリースされることになった。アナログ機材でレコーディングされた同作は過去2作とはまた趣を異にする出来映えだったものの、ケヴィンも「非常にパーソナルで愛おしい作品」と表現する洗練された佳作に仕上がっている。2013年にはツアーや〈フジロック〉も含めてたびたび来日し、ここにきて彼らの日本における支持基盤は盤石のものとなった。
が、そこから早くも8年が経って……気になるのはもちろんこの先のmbvの動向だ。前回のリマスター作業が『m b v』リリースのきっかけになったことを考え合わせれば、ドミノ経由で行われているこのたびの豪華なリイシュー・プロジェクトも当然これだけで終わるはずはないだろう。実際にケヴィンはすでにバンドで新しい作品に取り組んでいることを明言しているし、今回の4タイトルの向こう側にある新たな体験も心待ちにしておきたい。
左から、コルム・オコーサクが参加したホープ・サンドヴァル&ザ・ウォーム・インヴェンションズの2016年作『Until The Hunter』(Tendril Tales)、デビー・グッギが参加したティム・バージェスの2018年作『As I Was Now』(O Genesis)、サーストン・ムーアの2020年作『By The Fire』(The Daydream Library Series)
ケヴィン・シールズが参加した近年の作品を紹介。
左から、ブライアン・レイツェルの2014年作『Auto Music』(Smalltown Supersound)、ル・ヴォリューム・クールブの2015年作『I Wish Dee Dee Ramone Was Here With Me』(Pickpocket)、グッド・ワンズの2019年作『Rwanda, You Should Be Loved』(Anti-)、2020年のトリビュート盤『AngelHeaded Hipster: The Songs Of Marc Bolan & T. Rex』(BMG)

クリエイションからの初リリースとなったEP『You Made Me Realise』の数か月後に登場したファースト・アルバム。レコーディング期間に睡眠時間を抑えるという手法(?)で夢心地の感覚を現出させようとした効果は明白だが、いま聴けば冒頭の不穏な“Soft As Snow (But Warm Inside)”からガレージーな“Feed Me With Your Kiss”まで親しみやすく響く。同時代のジーザス&ザ・メリー・チェインらにも通じるサイケなノイズ・ポップの佳作だ。

足掛け3年を制作に費やした、シューゲイザーの金字塔とされる2作目。サンプリングなども駆使しつつ結果的にはほとんどの演奏をケヴィン・シールズが担っている。縦横に迫るフィードバック・ノイズの圧倒性は冒頭の“only shallow”からとんでもないが、これも現代の感覚では極めてポップでスウィートな側面が着目されそうだ。甘美な歌唱が魅力的な“to here knows when”やインディー・ダンス風味の“soon”などアレンジも多彩。

MY BLOODY VALENTINE 『ep’s 1988-1991 and rare tracks』 Domino/BEAT(2012)
ソニーUKにおける2012年のリイシュー時にコンパイルされた便利でお手軽な編集盤。クリエイション在籍時に残した『You Made Me Realise』『Feed Me with Your Kiss』『Glider』『Tremolo』という4タイトルのEP収録曲をフル収録し、限定的な形で世に出たレア曲、さらには3つの未発表音源も含む全24トラックがCD2枚組に詰まっている。この後の『loveless』に繋がったシングル曲“sugar”(89年)など聴きどころも多い。

前作から22年ぶりに届いたサード・アルバム。もともとバンド解散直前の96~97年にケヴィンが曲作りやセッションを進めていたマテリアルを下地に、素朴な“new you”からジャングルっぽい“wonder 2”まで曲調は多彩だが、長い年月をかけて客観的に手を入れ続けた結果なのか全体的に洗練された雰囲気で、イメージ以上に輪郭やループ感、構成のはっきりした聴きやすい楽曲が並んでいる。神格化を必要としないキャッチーな快作。