インタビュー

ホッピー神山『The Mantra Session In Mt.FUJI』近藤等則の生前最後の演奏を収めた16年ぶりの完全即興作を語る

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近藤等則

岡部洋一

 当初は、録音現場をそのまま撮った映像作品(ネットで一部視聴可能)だけを発表するつもりだったようだが、「CDも出さなきゃダメだ!」という強い言葉でホッピーの背中を押したのも近藤だった。

 本作でホッピーが特にこだわったのは、河口湖円形ホールという場所である。

 「富士山は日本で一番エネルギーが強い場所だし、河口湖円形ホールは天井が高く、響きが素晴らしい。

 ピアノもベーゼンドルファーだし。私はいつも、次はこういう作品を作ろうという事前構想は持たない。場所も相手も、常に直感的に選ぶ。今、ここでやれば、いいエネルギーの詰まった作品を作れる……そう思った相手が、今回は近藤さんと岡部さんだった」

 アルバム・タイトルにある〈マントラ・セッション〉なる文言も富士山麓ならではか。

 「そう。富士山の霊気が、ある意味マントラだと思ってて。でも、その言葉に引っ張られてやったセッションではない。近藤さんは開始前に〈富士山の霊気を感じながらやるんだからな!〉と岡部さんに檄を飛ばしていたけど(笑)」

 セッション順に編集/ダビングなしでそのまま収録された4曲は、①がホッピーのソロ、②③がホッピー&岡部のデュオ、④がトリオ。〈ピアノ・バー〉というモーグ社製電子機材(ピアノの鍵盤の動きと連動して電子音を出す)や、様々なノイズ/コラージュ音が入った②台のカセット・テープも駆使するホッピーの演奏は、とても単独即興とは思えないほど多彩かつドラマティックだ。そして、それを更にイマジネイティヴに膨らませてくれる岡部のカラフルな打楽器群。近年は打ち込みをバックにした演奏が大半だった近藤のトランペットも、生々しく変容し続ける二人の演奏に刺激されたかのように、終始強い緊張感で貫かれている。「終わった瞬間に、左手の親指を挙げて微笑んでいた」という近藤にとっても、会心のセッションだったはずだ。誰も予想だにしなかった〈白鳥の歌〉である。

 


PROFILE: ホッピー神山 (ホッピーかみやま)
83年プログレ・ポップ・ユニット〈PINK〉に参加。80年代を代表する音楽プロデューサー、キーボーディストとしての評判を確立。90、91年に東芝EMIよりソロ・アルバム『音楽王・1』『音楽王・2』をリリース。93年〈God Mountain〉レーベルを立ち上げる。94年、宮本亜門のミュージカル作品の音楽を担当。99年にはフランスのレーベルSonoreより『Juice And Tremolo』を発表。世界中のネットワークを築き上げ、多数のバンドにボーダレスなパフォーマーとして参加している。