さて、厳密に言うとメタルではないかもしれませんが、ギター・ヒーローの非常にクォリティーの高いアルバムとして『Fire Garden』の話を。

STEVE VAI 『Fire Garden』 Epic(1996)
このアルバム、74分も収録されているんですよね。しかしこのアルバムは三部構成になっており、前半はギター・インスト、中盤は“ファイヤーガーデン組曲”、後半は歌物と別れているので、収録時間が長いから聴いていてだるくなるということはありません。3枚組のアルバムを1枚にまとめたような内容で、体感時間は短いです。
前半のギター・インストのパートも、単曲の集まりというよりは中盤の“ファイヤーガーデン組曲”に向けてストーリーを繋げていくような感じ。『Fire Garden』の前作『Alien Love Secrets』(95年)はハードな作品で、こちらの方がメタルにカテゴライズできる音楽で、ギタリストとしての能力をドーンと見せるような内容でしたが、『Fire Garden』はギタリストとしてのアピールよりも、音楽全体とアルバムの流れとバランスを優先しているのでしょう。この音楽を俯瞰して創造する視点は、ヴァイならではのものだと思います。
ヴァイの演奏が好きなのは、ギター・テクニックはあくまでも音楽に奉仕するためにあって、ギターのみがオラオラと出てこないことですね。ギター・ソロで結構なことを弾いていても、残る印象は曲全体だったりします。
アルバム・オープニングの1、2、3曲目だけを聞いてもわかるとおり、1がハードなメタル、2が歌謡曲的でもあるエモーショナルなロック、3曲目が少しジャズ・フュージョンに寄せた景色の広がるものと、とても幅が広いけれど散らかった印象にならないのは、トータルで大きなヴィジョンがあるからできることなのでしょう。
アルバムの芯は“ファイヤーガーデン組曲”、10分弱あります。それがロックとしては長いから凄いのではなく、10分でこの内容をまとめたのが凄いと思うんですよ。プログレバンドだったらアルバム1枚かけてやる内容を、コンパクトに走馬灯のように10分まとめたのが凄い。これは、とにかく聴いて下さい。
後半のヴォーカル曲が続くパートは、発売当時、なんとなく蛇足に感じていました。しかし今聴くと、これもヴァイ様……!と手を合わせたくなる、ヴァイならではの選択なのだと思います。それは、テクニックも知識も膨大にあり、難しいことも知的なこともやろうと思えばいくらでもできるけれど、リスナーとエモーションを共有しようという心の距離の近さだと思うんですね。
2017年に、ヴァイ様の主宰する〈GENERATION AXE〉の東京公演に行きました(当時のブログ記事があります)。
これは、スティーヴ・ヴァイ、イングヴェイ・マルムスティーン、ザック・ワイルド、ヌーノ・ベッテンコート、トーシン・アバシの5人の世界的ギタリストでの公演で、CDも一枚出ています。
昔から、雑誌のインタビューなどで見ていると、非常に明晰でユーモアもあって良い人そうだなと思っていましたが、この〈GENERATION AXE〉のヴァイ様のステージング、共演者へのアティテュードを見て、〈この人本当にリスナーのこと考えてるんだな〉と思い、感激しました。
〈GENERATION AXE〉のアルバムがリリースされた後、ヴァイデオロジーという教則本の邦訳が出て楽器店で見かけたことがありますが、新しい作品は出ているのかなと調べたら、今年配信でめちゃめちゃ格好良いインスト曲“Knappsack”をシングルでリリースしていました!
もっとください……ヴァイ様の新しい音楽を!
新作も期待したいところですが、前述の『Fire Garden』はメタルを聴かないジャズ・ファンもギター・インストとして楽しめると思いますので、ぜひどうぞ!
LIVE INFORMATION: 西山瞳
2021年7月4日(日・昼)15:00~YouTubeチャンネルにてライブ配信予定
西山瞳ソロ
https://www.youtube.com/user/hnofficialm
PROFILE:西山瞳

1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。
自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。