ジャズからミナス音楽への入口
──では、次は熊谷さんの3枚。まずはトニーニョ・オルタ『Moonstone』(89年)ですね。
熊谷「パット・メセニーやハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターが好きで、彼らとブラジルの関係を調べていくと〈ミナスの音楽に影響を受けたよ〉みたいな発言が情報として入ってくるんですよね。自分はパット・メセニーが一番好きだったので、彼と関係の深いトニーニョ・オルタが〈ミナス〉の入口になりました。
今回のラインナップでのトニーニョ・オルタは80年代の作品で、あまり取り上げられない方なんですが内容はいい作品ばかりです。このアルバム(『Moonstone』)にはパット・メセニー、マーク・イーガン、イリアーヌ・イリアス、ランディ・ブレッカーが参加してます。このメンバーならブラジル未経験なジャズ・リスナーも聴いてみたくなると思うんですよね。初期ウェザー・リポートやメセニーのECM期が好きなら、まあドンピシャでしょう。
自分は、ある土地の音楽が気になるとGoogle Earthとかで現地の様子を調べるのが好きなんですが、ミナスはやっぱり空が青くて、街のなかに緑があって、土っぽさもある。その土地の独特な感覚をトニーニョの浮遊感は表しているようなところがありますね」

──サンバって浮遊感の音楽じゃないですよね。やっぱりミナスは独特なんですか。
西尾「そうですね。トニーニョのライブは何回か観てるんですけど、本当に圧巻でしたよ。意識が遠のく浮遊感があった」
熊谷「〈眠たくなる〉って悪い意味じゃなくて、気持ちよすぎて気が遠くなるような感じなんですよね」
──続いてはミナス派の頂点といえる存在、ミルトン・ナシメント『Milton』(76年)。
熊谷「ミルトンの作品はたくさんあるんですが、自分はこれがすごく好きです。アメリカ録音の作品なんですが、その前年にミルトンが2曲参加したウェイン・ショーターの『Native Dancer』(75年)が出ています。こっちでは逆にショーター、ハービー・ハンコックらがジャズ・フュージョン勢として彼の作品に参加したんですね。結構土着的で複雑なリズムを構成してるんですが、ミナスの青い空、浮遊感は失われてない。すごく不思議なアルバムなんです。
ミルトンはアメリカ録音は結構やるんですけど拠点はずっとブラジルで、アメリカナイズされることはなかったミュージシャンなんです。そこが彼の強い個性だなと思います。今回は7枚セレクトされているんですが、前回のシリーズと被ってないものも多いのでぜひ。どのアルバムにも発見があるので」

──3枚目はエヂ・モッタ。ブラジリアンAORの担い手として人気ですが、これは彼の初期作品ですね。
熊谷「2013年にはズバリ『AOR』というアルバムも出してますしね。この『Manual Prático Para Festas, Bailes E Afins Vol. 1(パーティー・マニュアル VOL.1)』は97年のアルバムで、ディスコ・ソウルのリヴァイヴァル的なスタイルでやってた時期です。

確か、日本で最初に国内盤として紹介されたアルバムなんですけどそれは廃盤で、今回のリイシューを買い逃したらまた当分手に入らないんじゃないかな。AORやディスコ・ファンクが好きな人はぜひ早めに買ってほしいですね。Suchmosあたりが好きな人もハマると思います」

トロピカリズモの同志2人の名盤
──続いては、田中さんセレクトの2枚ですね。
田中「まずはカエターノ・ヴェローゾ『Caetano Veloso(アレグリア・アレグリア)』(68年)です。
カエターノは『Bicho』(77年)を中古レコードで買って、それから〈買えるカエターノは買ってる〉って感じです。音楽としては『Bicho』とは全然違って、サイケデリックというか映画音楽っぽい印象でしたね」
──これがソロ・アルバムとしてはファースト。まさにトロピカリズモ・ムーヴメントの渦中という感じですよね。年代的には軍事政権への強烈な反発があった。
西尾「まさにカウンター・カルチャーという感じの作品ですよね」
田中「それを象徴するアルバムだということは調べて知りました。ロックもサイケも入り混じった当時のブラジルのカッティング・エッジな音楽だったんだなと。
後期ビートルズの影響もすごく大きいですよね。ただ、このアルバムって序盤とラストはすごくロックなんですけど、アルバムの真ん中はわりとのどかな感じで、そういう未完成なところもすごく面白いなと思って聴いてますね」
熊谷「カエターノは、ロック好きの人が入っていきやすいイメージがありますね」
矢藤「私も、ブラジルという入り口じゃなく、サイケやガレージが好きだった時代にこのアルバムは買いましたね」

──デイヴィッド・バーンが編集したコンピレーション『Brazil Classics 1: Beleza Tropical』(89年)で、この時代のブラジル音楽のすごさを知った世代も多いと思います。
田中「そうですね。ニューウェイヴの時代にロックやソウルみたいな既存のリズムじゃないものがいろいろ紹介されたなかでクローズ・アップされたというのもあったかな。欧米の音楽を聴いてきた耳からしたら録音も変。楽器やヴォーカルの距離感はおかしいし、でもそれが新鮮で面白かったんです」
──続いてはジョルジ・ベンの初期作『Fôrça Bruta』(70年)。
田中「ジョルジ・ベンもデイヴィッド・バーンの紹介が入り口でした。最初に買ったのは『África Brasil』(76年)というアルバム。サンバがベースにあるんですけど、そこにファンク、ソウルな感じが入ってきてかっこよくてびっくりしました。
このアルバム(『Fôrça Bruta』)はもっと初期の作品で、まだそんなにソウルっぽさはないんですが、低音がよく出てるしリズムは黒人っぽい。声がすごく男らしくてセクシーでかっこいいんですよ」
──カエターノとはトロピカリズモの同志という存在ですが、カエターノほど突飛でサイケな実験性には向かわず、自分のスタイルでとにかくいい曲を作る人という印象ですよね。
田中「(セルジオ・メンデス&ブラジル’66で有名な)“Mas Que Nada”はこの人の曲ですもんね」
