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ブラジル音楽の巨人・奇人・神様

──では、最後は西尾さんのセレクト3枚です。

西尾「エリス・レジーナとトム・ジョビンことアントニオ・カルロス・ジョビンの『Elis & Tom』(74年)からいきますか」

ELIS REGINA, ANTÔNIO CARLOS JOBIM 『Elis & Tom(限定盤)』 Philips/ユニバーサル(1974, 2021)

田中「あっ、このCDはダイサク・ジョビンさんが解説を書いているんですね」

西尾「そうです。ジョビンはボサノヴァという音楽を作った巨人ですけど、クラシックもジャズもなんでもいける作曲家だし、音楽家としての懐が深すぎる。

ボサノヴァの名曲はほとんどこの人が作ってると言ってもいいんですけど、70年代にはそこから離れて自由に作曲を始めていく。このアルバムは、彼のすごさがただごとじゃないぞとわかってきた時期の一枚ですね。一方のエリス・レジーナはもうブラジルの歌姫というか女王。ブラジルの大作曲家と歌姫が、当時ジョビンが住んでいたLAでレコーディングした作品です。アルバム全体では70年代のLAのいなたくてちょっとだるい空気感が出ていて、ボサノヴァのフォーマットの曲もいくつかあるんですけど、レイドバックしてリラックスしてるんです。

とにかく“Águas De Março(三月の水)”が一番有名な曲です。ずっと同じリフレインなのに、ちょっとずつメロディーやアレンジを変えていて、でもひとつの曲になっている。メロディーやコードの制約からも自由で、魔術的にすら感じます。他にこういう人はちょっといないですよね」

『Elis & Tom』収録曲“Águas De Março”

──たとえば、バカラックは曲作りの面で、ボサノヴァのそういう自由さの影響を強く受けたんじゃないかと思うんですが。もしくはバカラックはフランスの近代クラシック音楽の影響を受けてますが、それがジョビンとは一緒だったとか?

西尾「ジョビンはショパンやドビュッシー、サティなどの影響ですよね。フランスのクラシックが基本にあるんで、そこはバカラックとの共通項。バカラックも常識とは違うコード進行をしますよね。その上に奇跡的に美しいメロディーをつけるというところも通じてる」

──続いては、ジョアン・ドナート『Quem É Quem(紳士録)』(73年)。レア・グルーヴとしても今なお大人気なアルバムです。

JOÃO DONATO 『Quem É Quem(紳士録)(限定盤)』 Odeon/ユニバーサル(1973, 2021)

西尾「DJの方々が重宝してましたよね。マルコス・ヴァーリのプロデュースで、グルーヴィーかつダンサブルな内容になってます。“A Rã”という曲を聴けば、いかにこの人がおかしい人かわかります。タイトルは〈カエル〉という意味。カエルが鳴いているのを聴いてこの曲を作ったんだそうです。歌詞ではなく、カエルの鳴き声をただ歌ってるだけ」

『Quem É Quem』収録曲“A Rã”

熊谷「初めて聴いたんですけど、めちゃくちゃいいですね。明日買おうかな(笑)」

西尾「すごく美しいピアノも弾けるし、かっこいいエレピも弾くし。個人的には好きなピアニストの3本指に入ります。ありとあらゆるブラジル人アーティストのバックに参加してるんですけど、タッチを聴くだけでドナートのピアノだってわかるんですよ。ちょっとコードから外れてるところがかっこよくて、言ってみればアレックス・チルトンのギターみたいなんです」

──なるほど。このアルバムは、カンタベリー系のロックが好きな人もいけるでしょうね。

西尾「そうですね。ナチュラル・サイケというか、曲を聴いてるだけでちょっとトリップしちゃいますよね」

──では、いよいよ最後の一枚。真打登場、ジョアン・ジルベルトの『Brasil(海の奇蹟)』(81年)。

JOÃO GILBERTO 『Brasil(海の奇蹟)(限定盤)』 WEA/ユニバーサル(1981, 2021)

西尾「まあ、ジョアンは特に説明不要でしょう。ボサノヴァの神様です。

このアルバムは、ジョアンを慕っているカエターノやジルベルト・ジルたち、〈つまりジョアンの子供たち〉が集った企画盤なんです。ジョアン一人でやっちゃうと天上の音楽になっちゃうんですが、これは子供たちによってまだ雲の上くらいにつなぎとめられている感じ。ポップス的な感覚もあって、非常に聴きやすいです。

『Brasil』収録曲“Aquarela Do Brasil”

みんなジョアンが好きだから、ささやくように歌ってるんです。アレンジも可愛い感じだし、爽やかで、サウンドもボサノヴァらしくなりすぎてないから逆に聴きやすい。夏になると引っ張り出して聴きます。みんな気持ち良さそうなのがこのアルバムの一番いいところですね」

 

〈徹底的に楽しもう〉という美意識

──みなさんのセレクトの最後がジョアンで終わるのはいい感じでした。

西尾「ジョアンの歌は〈サウダージ=郷愁〉って言われますけど、うれしいと悲しいの両方が入ってる感覚を象徴してると思います。悩み多き青春時代に、この声に救われました」

──年齢や経験で聴こえ方も変わっていくだろうし、一生かけて付き合い甲斐がある音楽ですよね。

熊谷「この機会に、このブラジル音楽の感覚に足を踏みれてほしいですね。全然知らないアーティストを買っても新鮮なんですよ。聴けば聴くほど〈なんじゃこりゃ!〉って驚きがある。自分たちが欧米の音楽に慣れすぎてるからというのもあるかもしれないですけど、ブラジル音楽って聴いてて楽しいですよ。でもポピュラリティーは失われてない。そこがすごい」

──ブラジルにはいろんなルーツの人種がいるし、そのエッセンスが融合してるのも大きな魅力なんでしょうね。

西尾「それが一番大きいですね。世界中の人種が混ざり合ってるんで、なんでもあり。そこがブラジル音楽の面白さなんですよね。メロディーもアレンジもヴァラエティーが多様で豊か」

田中「決して経済的に豊かとは言えない国なのに、ブラジルから出てくる音楽がリッチで美しい。人の心や文化が豊かな国なんだろうなというのが僕の印象です」

西尾「陽気なんですよ。徹底的に楽しもうというところが根底にあります。いろんなブラジル人と会いましたけど、1秒1秒本能的にマックスで楽しみたいというのが人生の最優先事項。そういう彼らの美意識が、音とかヴィジュアルにはっきり出てるんじゃないのかな」

 


RELEASE INFORMATION

リリース日:2021年7月21日
国内初CD化タイトル:イヴァン・リンス『イヴァン・リンス登場!』(UICY-79563)イヴァン・リンス『汽車を見送りなよ』(UICY-79564)
解説・歌詞・対訳付き(一部を除く)

廃盤や製造中止盤、完売した限定盤など、プレミア価格で取引されているアルバム、ここ数年入手困難だったブラジル音楽の裏名盤をピックアップした全100タイトルを超低価格の1,100円(税込)で販売!
https://tower.jp/article/feature_item/2021/05/12/0101