ジャズピアニストでありながらメタルファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。2018年の4月にスタートした当連載は、ついに今回で50回目を迎えました! そんな記念すべき節目にあたる今月ですが、お祝いモードは抑えめ。〈TBSドキュメンタリー映画祭 2022〉で上映されるドキュメンタリー映画「ライブで歓声が聞こえる日 コロナ禍に抗う音楽業界」を取り上げます。コロナ禍のなかで、メタルやロックのライブハウス文化をいかに絶やさぬようにすべきか。西山さんが考えました。 *Mikiki編集部
今回は、3月18日から開催の〈TBSドキュメンタリー映画祭 2022〉で上映される「ライブで歓声が聞こえる日 コロナ禍に抗う音楽業界」をご紹介します。バンド、プロモーター、音楽業界のこの2年の取組みをじっくり見せるドキュメンタリー映画で、映画館での上映以外にオンライン配信もあり、広く観て頂きたい内容です。
2020年のコロナ禍初期は、ライブハウスに世間の目が集まりました。〈ライブハウスは危険〉という空気に、みるみる観客が減り、我々の仕事が減り、4月には完全に収入が断たれてしまいました。それまでの2か月間、一本一本のライブの開催可否の判断に疲弊したのは、一生記憶に残る出来事です。
私はジャズ関係の状況は肌身で感じていますが、ジャズが他のジャンルより早くライブを動かすことができた大きな一因として、商業規模が小さいジャンルだったからだと思います。限りなく普通の飲食店に近いライブハウス形態で、生音ライブが基本。演奏者と楽器さえあればライブができます。
しかし、メタルやロックの公演はそういうわけにはいかない。しっかりした設備と音響・照明などのスタッフが必要で、小規模なライブハウスや配信でのライブでも、スタッフ無しでは運営が厳しい。関わる人間の数が圧倒的に多いです。2022年の今、ライブはある程度開催されているものの、第6波のなかで公演予定を組むことはまだまだリスクが高く、海外アーティストの公演を以前のように楽しめるのには、まだ遠い。SNSで流れてくる情報だと、海外のコンサート、ツアーやフェスは動きだしている様子ですが、日本ではまだなんともという感じです。
このあたりの状況を、非常に丁寧に伝えてくれるドキュメンタリーでした。
まず、ガールズメタルバンドHAGANEを中心に進んでいきます。
TV番組であれば、社会問題の提起と当事者たちへのインタビューを中心に早いテンポで進めていくところだと思いますが、しっかり尺を割いて彼女たちの音楽とパフォーマンスを見せてくれるのは、映画という形だからこそ。たっぷりの音楽と、バンドのリアルな様子を見ることができます。
HAGANEはマネージメントを付けず自分たちでバンド運営し、メンバーで相談しながらSNSでの宣伝などもしています。自分が20代のときに、こんな視点を持ってバンド運営を上手くやれただろうかと考えると、無理です。素直に凄いと思う。私の周りでも生徒や20代のミュージシャンを見ていると、技術の標準も上がっているうえ、プロデュースや広報など全方位にスキルが高い人が多くて、このコロナ禍で工夫しながらサバイブしている若いバンド、ミュージシャンを見ていると、尊敬しかありません。
初ワンマンライブに向けて告知や練習をしている映像が流れますが、それが2020年3月27日という日付を見てすぐ、〈うわあ、この日か!〉と顔が歪みました。
忘れもしないこの金曜日、都内からライブが消えました。ほぼ全滅に近かったと思います。直前に〈イベントを自粛してほしい〉という発表が東京都知事の小池百合子氏からあり、それまでも状況によってライブをキャンセルすることはときどきありましたが、軒並みライブが中止になった初めての日でした。
自分たちでバンド運営しているHAGANE。主催者として、プレイヤーとして、ファンと共に音楽を育ててきたアーティストとして、直前まで開催するかどうか迷いに迷った彼女たちの葛藤を思うと、大変な試練だっただろうと想像します。HAGANEがどういう形で開催したか、どう感じてコロナ禍の困難を乗り切ってきたのか、ぜひご覧頂きたいと思います。
次にフォーカスされるのは、プロモーターの取り組み。
コロナ禍で文化エンタメ系への支援事業がいくつかありましたが、〈J-LODlive※〉については内情を知らなかったので、初めて生のプロモーターの声を聞きました。
個人のミュージシャンとして、直接あるいは間接的に関わった支援事業としては、文化庁の〈文化芸術活動の継続支援事業〉、〈ARTS for the future〉がありましたが、前者は主に個人に対して新規事業や公演に必要な費用の2/3(あるいは3/4)の補助が出るもので、支援といいながら一定額の持ち出しが発生しました。後者は個人で申請できず、イベント開催期間が短い、審査の遅れなどさまざまな問題で、応募したのに結果的に負債を抱えてしまう人が私の周りにも複数いました。
すべてに共通していますが、〈感染対策で外出を控える空気のなかで、イベントや新規事業を作らないと補助を受けることができない〉という立て付けになっているので、多かれ少なかれ怪我することを覚悟でレースに出ないといけない状況です。休む、あるいはキャンセルすることに対しての支援が必要で、それを政府に働きかけるために洋楽プロモーター団体で協議している様子なども、ここで観ることができます。
映画最後のパートでは、2021年11月、第5波が落ち着き5,000人以下会場の入場制限が撤廃され、動き出した業界について取材されているのですが、変わってしまった習慣にどのように対応していくのか、ライブハウスやアーティストに取材しています。
また、2021年のBABYMETAL武道館10公演も取り上げられ、その映像も観ることができます。この公演は私も取材で5日間行きましたが、徹底した感染対策と、声を出せず密集できないなかで工夫された演出を体験し、最前線のコンサート現場は前を向いて進んでいることを強く実感しました。
我らが日本のメタルゴッド、伊藤政則さんは「コンサートに行かなくていい理由が大きくなった。習慣の変わった人たちが日常に戻ったときに、また出かけることができるのか」とおっしゃっていましたが、習慣は大きく変化してしまったと思います。
ジャズでもライブに戻ってこなくなったリスナーもたくさんいますし、時短営業ライブに慣れてしまって、以前のような20時演奏開始/23時終了には戻れなくなった。21時にライブが終わって帰る習慣ができたら、23時終了のライブには足を運ばなくなりますね。
しかし、伊藤政則さんのメッセージは絶対にネガティブなままで終わらない。熱いエモーショナルな文章に高校生の頃から影響されてきた身としては、〈だから伊藤政則が好きなんだよっ!〉という思いを新たにしました。
正直に言うと、コロナ禍も長引いて、いろいろ厳しいことだらけですよ。私のように20年以上やっている人間はまだ過去の積み重ねがありますが、これから勝負かけるぜという若いミュージシャンやバンドにとっては、特に挑戦が難しい状況だと思います。
ライブハウス、レコード会社、プロモーターなどは畑。我々ミュージシャンや発表される音楽は、そこで育った果実です。どうしても、出来上がった実の方しか表に見えにくいですが、畑がないと実は育たない。出来上がっていく音楽シーンやコミュニティーも、果実ですね。長く繋がっていくことで文化となります。その畑を耕す方々の仕事、困難な状況での取り組みを、ぜひご覧頂きたいです。オンラインでも視聴可能となっています。
TBSドキュメンタリー映画祭 2022
3月18日(金)〜3月24日(木)ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催ほか全国順次開催
チケット絶賛発売中! またオンラインでの配信上映も決定!
詳しくは公式HPへ
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
LIVE INFORMATION:西山瞳
2022年3月19日(土)埼玉・蕨Our Delight(電話048-446-6680)
ツインピアノ:西山瞳 with 橋本一子
開演:18:30
料金:4,000円(※配信あり)
※会場満席につき、有料配信をご利用下さい。https://twitcasting.tv/f:2943838705694855/shopcart/139306
2022年3月23日(水)兵庫・神戸 gallery zing(電話078-413-4888)
デュオ:西山瞳(ピアノ)、鈴木孝紀(クラリネット)
2022年3月25日(日)YouTubeチャンネルにてライブ配信
ソロ:西山瞳(ピアノ)
開始:19:30(2セット)
2022年4月8日(金)東京・池袋 Apple Jump(電話03-5950-0689)
トリオ:西山瞳(ピアノ)、西嶋徹(ベース)、則武諒(ドラムス)
RELEASE INFORMATION
西山瞳トリオ、7年ぶりスタジオアルバム『コーリング』発売中!
リリース日 :2021年9月15日(水)
価格:2,970円(税込)
レーベル:Meantone Records
西山瞳(ピアノ)、佐藤“ハチ”恭彦(ベース)、池長一美(ドラムス)
TRACKLIST
1. Indication
2. Calling
3. Reminiscence
4. Lingering In The Flow
5. Etude
6. Loudvik
7. Drowsy Spring
8. Folds of Paints
PROFILE:西山瞳
1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシックピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I’m Missing You』を発表。ヨーロッパジャズファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカバーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。
自己のプロジェクトの他に、東かおる(ボーカル)とのボーカルプロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグバンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズフェスティバルやイベント、ライブハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。