「音盤紀行」を連載中の毛塚了一郎による、魅惑の音色を奏でる音楽漫画集

毛塚了一郎 『音街レコード A面』 KADOKAWA(2023)

毛塚了一郎 『音街レコード B面』 KADOKAWA(2023)

 夜のヴァイナル・ラヴァーたちに魅惑の音色を届けるレコードマンガ「音盤紀行」。その作者である毛塚了一郎が同人誌に発表していた作品をまとめた単行本がこのたび2冊刊行される。タイトルはズバリ「音街レコード」。上巻が〈A面〉で下巻が〈B面〉と銘打たれており、判型は7インチレコード・サイズ、とつかみはバッチリ。手に取っただけでグッド・ヴァイブレーションが伝わってきそうだ。

 舞台は東京にある個人経営の小さなレコード・ショップ。そこでバイトする、収集歴は浅いが、情熱は人一倍持っているレコード女子の目を通して、その世界に魅せられた者ならば誰もが通る道の可笑しくて切ない景色が描かれていく。両サイドでテイストが異なっていて、〈A面〉は、キュッとした甘酸っぱさがあるというか、ほのぼのとした抒情を感じさせる逸話が並ぶ。もっと言えば、風薫る爽やかな季節の空気を封じ込めたシンガー・ソングライター作品を彷彿とさせるというか、ナイーヴで繊細な内面が滲み出た素朴な佇まいのデビュー盤のような感触がどの場面でも得られる。扉絵に描かれたイラストが、不朽の名作のジャケットを模してあったり、ロゴのフォントが有名レーベルの懐かしいそれだったりするあたりにもいちいちくすぐられるし、思わずキュンとなるポイント多し。

 一方〈B面〉では、幻のレコードをモチーフとした物語が描かれているが、ホラーチックな描写やミステリアスなムードが忍び込み、グッと複雑な音色が奏でられることに。付け加えるなら、薄暗闇に包まれたプログレ作品的というか、幽玄なアシッドフォーク的な展開を見せるんだけど、素性がまったく知れないアーティストの驚くべきプライベート・プレスと出くわしてしまったときのゾワッとする感覚に近いと言ったほうが伝わりやすいか。

 レアな音盤の発掘に人生の大半を費やしてきたいつも血眼な蒐集家にこそぜひ読んでもらいたい。日々の疲れを取ってくれる一服の清涼剤になるはずだから。