写真提供:ブルーノート東京 撮影:佐藤拓央

自由な表現と観客との共感を両立させるアヴァンギャルド

 トラディショナルなものからフュージョンまで、様々なスタイルのジャズと取り組んできたベーシストのクリスチャン・マクブライドが、2015年から力を入れているのが、サックスにトランペット、ドラムス、ベースというカルテット〈New Jawn〉による活動だ。その2作目となる『Prime』を引っ提げての今回のブルーノート東京での公演は、2018年のコットンクラブに続く2度目の来日公演となる。バンド名の〈Jawn〉は彼の生まれ故郷フィラデルフィアのスラングで、〈Something〉を意味する。〈新しい何か〉という、オーネット・コールマンの名盤さえ想起させる名前のバンドが奏でる音楽は、クリスチャンの過去のリーダー・プロジェクトのものと比べてかなり抽象性が高い。新作『Prime』も、典型的なフリー・ジャズのようなサウンドで幕を開けるが、実際のところはとくにアヴァンギャルドな路線を狙ったわけではないという。

 「このバンドでの活動を始めた頃には、オーネット・コールマンのカルテットみたいだと言われたけれど、そういうことは全く意識していなかった。とにかく、それまでやっていたピアノ・トリオとは180度違うことがやりたかったんだ」

CHRISTIAN McBRIDE’S NEW JAWN 『Prime』 Brother Mister/キングインターナショナル(2023)

 このカルテットの活動当初にはまだオリジナル曲が少なく、セロニアス・モンクやオーネット・コールマン、フレディ・ハバード、ジョー・ヘンダーソンなどの曲も取り上げており、演奏内容もまだ比較的構成感の高いものだったという。しかも、コード楽器が無いことで自由度が増したかと言えばさにあらず、むしろその反対だった。

 「ベース・プレイヤーの立場としては、他のメンバーのためにハーモニーやメロディの手がかりを維持する責任があるし、ピアノが無くて物足りないと観客が思ってしまうような演奏はしたくなかったし、かなり制約を感じていた。フリーというのはただ何でも好き勝手にやれば良いわけじゃなく、むしろ何か土台になる構成があったほうが、それをいろいろな方法でいじくりまわすことができる。そこにこそ自由が生まれるんだ」

 クリスチャンはこのプロジェクトの傍ら、ジョン・ゾーンやローリー・アンダーソン、タイショーン・ソーリーなど、実験的な音楽の推進者として知られる人たちと共演している。彼がニューヨークに出て来た頃には、伝統的なジャズに回帰するマーサリス兄弟やテレンス・ブランチャード、ドナルド・ハリソンといった当時の新進気鋭の若手たちが注目されており、クリスチャンもそういった人たちとの共演を通じて広く知られるようになったが、彼がまだフィラデルフィアを拠点にしていた頃には、アヴァンギャルドな音楽を演奏する機会も多かったという。

 フィラデルフィア時代から幅広い音楽を経験していた彼が、演奏する音楽の種類に関わらず一貫して大切にしていることがある。それは観客との共感だ。

 「ヴィレッジ・ヴァンガードでジョン・ゾーンやミルフォード・グレイヴスと演奏した時、何をやるのかジョンに聞いたら、1時間インプロヴァイズするだけだと言われた。でも、何も決めずにインプロヴァイズするにはスキルが必要で、観客が飽きないように、演奏に変化をつけたり様々な要素を盛り込んだりすることが肝腎なんだ。〈フリー〉と言うと、ただクレイジーなことを延々とやっているだけの単調な音楽だと思っている人もいるけれど、幅広い表現ができればとても美しいものになる。僕らはミュージシャンであると同時にパフォーマーでもあるんだ。セシル・テイラーはそういう気持ちを持っていたと思うし、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴもそうだった。サン・ラはその最たる例で、ジョージ・クリントンはかなり彼の影響を受けているんじゃないかな」

 他の3人がどんなに暴れても、しっかりと音楽の骨格を維持するクリスチャンのベースには、その心意気がよく現れている。

 


クリスチャン・マクブライド(Christian McBride)
1972年5月、米国フィラデルフィア生まれ。 自己のビッグ・バンドや、コンボ、ソロ・プロジェクトや、数々のレジェンドとの共演、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのプロデュース、自らのレーベルでのプロデュース・ワークなど、多忙を極めながら、創造的な活動を続けている〈現代のグルーヴ・マスター〉。2018年には彼のリーダープロジェクト〈New Jawn〉としてのファースト・アルバムを発表。現在まで グラミー賞を8度受賞、ジャズ界を牽引するトップ・ベーシストの一人。